第5話【ジャヴェールの疑惑】

 ある雨の日、荷馬車が事故を起して横倒しになり、その下敷きになっている人がいると、
アランがマドレーヌの許に知らせを持ってきます。急いで駆けつけたマドレーヌが見たのは
荷馬車の下で今にも押し潰されそうなフォーシュルヴァン老人でした。
すでに事故現場に来ていたジャヴェールは老人を救助する為に鍛冶屋からジャッキを持って
こさせようとしましたが、マドレーヌはそれを待つ余裕は無いとみて、人の力だけで今すぐ
なんとかしなければと、周りに集まっていた人々に助力を請いました。

 しかし、人々は危険だと言って皆しりごみするばかり、ならば自分一人でもやろうとする
マドレーヌに、人間の力で荷馬車を持ち上げる事など不可能だと言いかけたジャヴェールは、
はたと自分がそんな怪力の持主を唯一人知っていたのを思い出します。
 トゥーロンの徒刑場にいたジャン・ヴァルジャンがもしここに居ればジャッキの代わりに
荷馬車を持ち上げる事も可能だろうと言いながら、ジャヴェールの目は荷馬車に手をかけて
いるマドレーヌを凝視しています。

 ジャヴェールから向けられた猜疑の目に一瞬ためらったマドレーヌでしたが、ぬかるんだ
地面にその重みでだんだん沈んでいく荷馬車に挟まれて老人がいよいよ苦しげにうめくのを
聞くと、ジャッキの代わりになれる人間はなにもその徒刑囚だけではないと言い放ち、彼が
渾身の力を込めると荷馬車は徐々に持ち上がり始めます。人々もこれなら何とかなりそうだ
と思い直してマドレーヌを手伝い、とうとう皆で老人を救い出す事に成功しました。
 町の人々が喜びに沸き、市長を褒め称える中で、しかし、ジャヴェールだけはこのような
怪力を見せたマドレーヌが本当にジャン・ヴァルジャンではないのかという疑惑をますます
募らせていきます。

 救出されたフォーシュルヴァン老人はすぐに病院へ運ばれ、命に別状ありませんでしたが
膝の関節を傷めてしまい、もうこれまでのように重い荷運びの仕事は出来そうにありません。
見舞いに来たマドレーヌはこれからの生活に不安をいだく老人にもっと楽な仕事を見つけて
あげようと約束し、しかも壊れて使い物にならなくなった馬車や事故で死んでしまった馬を、
その事は伏せて、それらを買い取るという名目で当座の生活費にと老人に金を渡しました。

 どうして自分の為にそんな事までしてくれるのかと驚く老人は、人を助けるのに理由など
要らないでしょう? と答えるマドレーヌの言葉に、彼の人間を慈しむ心根が嘘偽りの無い
本物である事を理解します。
そしてマドレーヌの成功を妬むあまり、これまでなにかにつけ彼の悪口を言っていた自分を
恥じ、この恩はいつか必ず返すと言って老人は涙するのでした。

 やがて雨もあがり陽も落ちた頃、興奮覚めやらぬアランが救出劇の一部始終を弟妹に話し
ながら夕食をとっていた家に、ジャヴェールが訪れます。
どうやらマドレーヌの過去を探ろうとしているようでしたが、彼の下で働き始めた、およそ
4年より前の事はアランにも答えられませんでした。
 翌朝、アランから家にジャヴェールが来たことを聞かされたマドレーヌはジャヴェールが
自分の正体をいよいよ疑い始めたのを知って、不安と焦りをいだきます。

 モンフェルメイユでは、字をたくさん覚えたら自分で母への手紙を書けるようになれると
励まされて、コゼットは女将から言い付けられる仕事のわずかな隙を盗んでは、リシャール
神父様に文字を習い始めていました。
 そして、最近は勉強しているコゼットを見に、トロンも放課後になると教会に寄っている
ようで、エポニーヌが帰りに少年を家に誘っても用事があるからと断られてしまいました。
 どこへ行くのだろうと、そっと少年の後をつけたエポニーヌは教会でトロンがコゼットと
一緒にいるところを見てしまい、幼い胸を嫉妬に焦がします。

 その夜はモントルイユ・シュル・メールを通ってきた若者が宿の客になりました。若者が
食堂で他の客に、そこには大きな黒ガラス工場があり、とても景気が良い所だと話している
のを聞きつけて、給仕をしていたコゼットが思わず近づくと、その若者は記念に買ってきた
黒ガラス製の飾りボタンをコゼットにも見せてくれました。
母の居る町で作られたと思うと、コゼットにはきらきらと光るその綺麗なボタンがいっそう
輝いて見えました。

 翌朝、その青年が旅立ち際に例のボタンを落としたらしいので見つかったら送ってくれる
ように心付けを置いて去っていきましたが、それを聞いていたエポニーヌはトロンの事への
腹いせに、コゼットがボタンを盗んだと言いだしました。
 それを聞いて、客に宿賃をふっかけたり、無理矢理にワインを勧めたりと、普段自分達が
あこぎな商売をしている事など棚に上げ、女将は娘の言葉をそのまま鵜呑みにすると、客の
持物を盗むなんてとんでもない娘だ、とコゼットを悪し様に言って折檻しようとします。

 その時、それを遮るように二人の間にシュシュが飛出してきて食堂へ入り、鼻を利かせ、
床の隙間に落ちていたボタンを見つけ出してくれました。
コゼットはボタンを届ける為に、疑いを晴らしてくれたシュシュに感謝しながらその背中に
乗って飛ぶように若者の後を追っていくのでした。

 一方、ファンティーヌは工場の休み時間に、テナルディエから送られてきた愛娘の養育費
値上げを要求する手紙を読んでいました。学校に通ったりして、もうすぐ8歳になる娘には
何かと物入りなのだろうとファンティーヌは納得するでしたが、実際は……
そんなところを他の女工たちに見られたファンティーヌは思わず手紙を隠して逃げるように
そこを立ち去ります。
 女工たちは口さがなく、あれは情夫からの手紙だろうと騒ぎ立てましたが、その中の一人、
ファンティーヌには何か人に言えない秘密があると感じていたゼフィーヌは、彼女が忘れて
いった封筒を見つけて拾いました。

 その夜、ファンティーヌの部屋に彼女が落とした封筒を届けにゼフィーヌが訪れます。
ちょうど手紙を書いていた最中だったファンティーヌはそれを抽斗に隠して、お客様に出す
お茶の用意をしにその場を離れますが、その間に、机の上に置いてあったインクの吸取紙に
移っていた文字を読まれて、ゼフィーヌにコゼットの存在を知られてしまうのでした。