第1話【ファンティーヌとコゼット】 季節は今、菜の花の咲き群れる春、パリでお針子の仕事を失った母親のファンティーヌは 部屋を引き払い、家具を全て売って得たわずかばかりの蓄えを手に、ようやく3歳になった ばかりのコゼットと一緒に暮らせる住み込みの働き口を探して幼い娘を気遣いながら町から 村へと旅して、やっとパリ郊外のモンフェルメイユ村へとやってきました。 しかしナポレオンがワーテルローの戦いに敗れて没落してからまだ数年、世の中の不景気に 加え、子連れの女を受け入れてくれるところは見つかりませんでした。 そんな中、パン屋の親切な主人から、北にあるモントルイユ・シュル・メールの町ならば 景気が良さそうだとファンティーヌは聞かされますが、そこは遠く、子供を連れで歩くのは 難しいだろうとも言われ、どうしようか迷いながら村の中を歩いていました。 途中、ワーテルロー亭という宿屋の前で壊れた荷馬車の車輪に下げたブランコで遊ぶ子供 たちの楽しげな声に惹かれて、母親の止める暇もなくコゼットは遊びに仲間入りします。 それを見ていて客引きをしてきた宿屋の女将にファンティーヌは仕事を探していることや、 それまでの経緯を話すのでした。 その話を盗み聞いていた宿屋の主人テナルディエが娘を預けていかないかと申し出ます。 かわいい盛りの娘を置いていくなんてと躊躇うファンティーヌに、子連れのままいつまでも 仕事が見つからなければ、いずれ母娘とも行き倒れる事になるだろうと主人は母親の不安を 煽っていきました。それはいかにもありそうな事と彼女にも思われ、宿屋の娘たちと仲良く 遊ぶ娘の様子を見て、ここに預けていった方が娘のためなのではないかとファンティーヌの 揺れる心は傾いていきます。 やがて、ファンティーヌがようやくコゼットを預けていく決心するとテナルディエは早速 今後の養育費の取決めをして半年分の費用に57フランをせしめ、裏でほくそえみました。 彼が親切ごかしに彼女を説得した本当の理由は彼女が持つ蓄えの金で自分の借金をなんとか しようという事だけだったのです。 この宿屋に一人残るように言い含められて涙ぐむコゼットに働いてお金が貯まったら必ず 迎えにくると言い残し、ファンティーヌはモントルイユ・シュル・メール目指して後ろ髪を 引かれる思いで旅立って行きました。 いつまでも母を見送るコゼットでしたが、ファンティーヌの姿が見えなくなったとたん、 自分たちの娘同様に可愛がって育てると約束したテナルディエ夫婦の態度は一変しました。 それまで着ていたきれいなドレスを取られて、ぼろ同然の服を着せられたコゼットに女将は 幼い少女の手にあまる庭箒を押付けて下働きの娘に対するように用事を言い付けるのでした。 一方、女の足には遠い道程を歩いてようやくモントルイユ・シュル・メールの町にたどり 着いたファンティーヌは3年程前にこの町にきて黒ガラス工場を成功させたマドレーヌの 噂を聞いて、そこへ向おうとしましたが、その時、パンを盗んで逃げている浮浪児の少年を 壮年の紳士が捕まえるところを見かけました。その紳士は駆けつけたパン屋の亭主が少年を 撲り付けようとするのを身をもって防ぎ、少年にパンを盗んだ事を謝らさせてその場を収め ましたが、彼こそこの町の市長マドレーヌだったのです。 マドレーヌは少年を市長室に連れてくると食事を与えた上、少年が面倒をみている弟妹の ためにもパンを持たせようとします。孤児となってから今まで、大人から親切にされた事の 無かった少年は盗みを働いた自分を警察に突き出すでもなく、思いやりを示すマドレーヌの やりように戸惑って反発しますが、彼は腹を空かせた家族のために罪を犯そうしている者を 放って置けないと言います。 それは今はマドレーヌと名を変えた、かつてはジャン・ヴァルジャンと呼ばれていた頃の 自分自身に起こった事でもあったのですから…… やがて少年が家族のもとへ帰ろうとした時、マドレーヌは少年アランを明日から雑用係と して雇おうと言うのでした。 同じ頃、ファンティーヌは子供がいると知られると就職を断られると心配して、その事を 隠してマドレーヌの工場に雇われます。 彼女はコゼットがテナルディエの下で幸せに暮らしている事を信じながら、生活を切詰めて 少しずつお金を貯めて、いつか母娘二人で暮らせる日が来るのを夢見るのでした。 |