【  フランダースの犬  】


贈呈者 おしろい伯爵 さま 2012年2月18日




おしろい伯爵様から

アロア・コゼツ嬢をいただきました♪


・・・1870年頃のベルギー、フランダース地方、港町アントワープから南に少し離れた
ブラッケン村で、幼い頃に両親とも亡くした少年ネロは、牛乳運びをして生活するジェハン
おじいさんを手伝って貧しくとも幸せに暮らしていました。
 ある日、おじいさんの引く荷車を後ろから押しながらアントワープへ続く運河沿いの道を
歩いていたネロは、行商の金物屋の主人から満足に餌も与えられず、さんざんこき使われた
末に捨てられて、死にそうになっていた労役犬パトラッシュを見つけ、連れ帰って一生懸命
介抱しました。やがて元気になったパトラッシュは、ネロから受けた恩を返そうとでもいう
ように荷車の前に立ち、それを引かせて欲しいと訴えます。こうして、家族の一員となった
パトラッシュとネロは兄弟よりも強い絆で結ばれていきます。

 そんなネロのささやかな楽しみは、絵を描くことと、幼なじみの少女アロアと遊ぶことで
した。そして、アロアもまた、ネロと一緒にいられる時が一番うれしかったのです。
 しかし、アロアの父で村一番のお金持ちコゼツは、自分の一人娘が貧しいネロと付き合う
のが気に入らず、名門学校で勉強させる名目で、アロアをイギリスにいる妹ソフィアの許へ
送ってしまいます。
それから1年近く、アロアは、故郷や大好きなネロから遠ざけられた寂しさから病気になり、
村に帰ってきました。少女を心配する少年の思いやりに、やがて元気を取り戻したアロアは、
もしネロに何かがあったら、今度は自分がどんなことをしてでもネロを励ましてあげようと
心に決めたのでした・・・



 それからしばらくして、アントワープの町が誇るルーベンスを記念した絵のコンクールが
開かれることになりました。優勝すれば200フランもの賞金がもらえておじいさんに楽を
させてあげられる上に、絵の勉強もできることを知ったネロは、そのコンクールに出品する
ことにします。そして、それを聞いたアロアは、ネロがいつか立派な画家になれますように
と願っていました。
 しかし、出品用のパネルを孫に贈ろうと無理をして働いたジェハンおじいさんは、それが
たたって病気になり、とうとう亡くなってしまいます。深い悲しみに押し潰されたネロは、
コンクールの締め切りが迫っているというのに、大好きな絵を描く元気もなくしてしまうの
でした。


「ネロ、いる?」
「あ、アロア、入って」
「お母さんが、これをネロにって」
「ありがとう、アロア
でも、僕の家に来て、お父さんに叱られない?」
「平気よ、だって、お父さん、今日はアントワープへ出かけて、夜遅くまで帰らないもの」
「それじゃ、アロアのお母さんのクッキー、アロアも一緒に食べようよ」
「ええ、そうするわ
はい、パトラッシュも食べてね」
「ねえ、ネロ・・・コンクールの絵、描いてる?」
「ううん・・・だめなんだ・・・なんだか、描く気になれないんだよ・・・」
「そうなの・・・
ネロ、前に、あたしを描いてねって、ネロにお願いしたの、覚えてる?
そうしたら、ネロ、もう少し絵がうまくなったらって言って、あたしがイギリスへ行く前に
約束を守ってくれた・・・あの絵、今もお家に飾ってあるのよ
あれから1年たってるんだから、ネロ、あの時より、もっともっと絵が上手になってるわ
だから、もう一度、ネロにあたしを描いてもらいたいの」
「アロア・・・
そうだね、おじいさんも僕に、いい絵を描くんだよって、言ってくれたんだった・・・
分かったよ、アロア、僕にアロアを描かせておくれ」
「うれしいわ、ネロ
あ、でも、ちょっとだけ、後ろを向いててちょうだい
パトラッシュ、あなたもよ」
「こ、こうかい? でも、どうして?」
「なんでもいいから、あたしの言うとおりにして」
「う、うん・・・」

「・・・・・・もう、いいわ、ネロ」
「どうしたの、アロア、シーツなんか被って、寒いのかい?」
「ううん、そうじゃないの・・・だけど・・・
あたしね、イギリスにいた時、ソフィア叔母様に連れられて美術館に行ったのよ
そこで見たの、女の人の・・・裸が描いてある絵を・・・」
 そう言うと、少女は、羽織っていたシーツの前を開きました。
「ア、アロア!?」
「ごめんね、ネロ、あたしがもっと大人だったらよかったんだけど・・・
美術館で見た絵の女の人って、みんな胸もお尻もとっても大きくって立派だったの・・・」
「そんなことないよ、アロア、とってもきれいだよ」
「うわあ、うれしい! じゃあ、あたし、ネロの役に立てるのね?」
「うん、もちろんだよ
でも、本当にいいの? こんなことして、アロア、お父さんに叱られない?」
「大丈夫よ、だって、ネロ、コンクールで一等賞になるに決まってるんだから
そうしたら、ネロの絵が本当にすばらしいって、お父さんも認めてくれるわ」
「ありがとう、アロア、僕、一生懸命描くよ」


 秋の深まった静かな小屋の中で、鉛筆がパネルをかする微かな音だけが聞こえます。
少年のためにポーズをとる少女の血色のよい肌は、ネロの真剣な眼差しを向けられて赤みを
増していきます。肌をくすぐられるような鉛筆の音を聞きながら、少女はいつまでも少年と
こうしていたいと思いました。
そして、いつかは・・・と淡い夢を夢見て、黒目がちな瞳を輝かせるのでした。




                                      otto