【  レ・ミゼラブル 少女コゼット  】


贈呈者 おしろい伯爵 さま 2012年1月7日




おしろい伯爵様から

エポニーヌ・テナルディエ嬢をいただきました♪


・・・1819年の春、パリ郊外、咲き誇る花畑の中を母とその幼い娘が歩いているところ
からこの長い物語は始まります。
母親の名はファンティーヌ。良人を亡くし、お針子の職も失った彼女は、母娘で生きていく
ため、3歳になる娘コゼットを連れて、仕事の無いパリから地方へと働き口を求めてやって
来たのです。
 モンフェルメイユ村まで来たファンティーヌは住込みの仕事を探しますが、ナポレオンが
ワーテルローの戦いに敗れ、没落してからまだ数年、やはりここも不景気な上に子連れでは
どこも雇ってくれるところはありませんでした。
それでも親切なパン屋の主人から、北のモントルイユ・シュル・メールの町にある工場では
人をどんどん雇っているという話を聞けますが、そこまではとても遠く、子供連れでの旅は
厳しいだろうとも言われます。

 そこへ行こうかどうかファンティーヌが悩んでいる時に出会ったのがテナルディエの一家
でした。ファンティーヌから家を引き払う際に家財を売ったと聞いたテナルディエはその金
目当てに言葉たくみにコゼットを預かろうと言います。幼い娘と別れるのはとても辛いこと
でしたが、せっかくモントルイユ・シュル・メールまで行っても子連れだと働かせてもらえ
ないかもしれないと考えたファンティーヌは、テナルディエの二人の娘とコゼットが仲良く
ブランコで遊んでいるのを見て、ここなら娘もさみしい思いをせずに自分が迎えに来るまで
幸せに暮らせるだろうと考えました。
こうしてテナルディエの許にコゼットを預けたファンティーヌは、後ろ髪を引かれる思いで
北の町モントルイユ・シュル・メールへと旅立っていきました。

 しかし、娘の幸せを願った母の思いは無惨にも裏切られ、コゼットを大事にすると言った
舌の根も乾かぬ内にテナルディエのおかみはファンティーヌが丹精込めて縫った服も下着も、
それに靴すらもコゼットから奪って自分の娘たちに与え、裸足のままにボロ同然の服一枚を
着せて一家の営む宿屋ワーテルロー亭の使用人としてこき使うようになり、コゼットが少し
でも彼女の怒りを買うようなことをしようものなら容赦なく折檻しました。
そして、初めは仲の良かったテナルディエの娘たち、4歳のエポニーヌと2歳のアゼルマも
また両親の影響を受けてコゼットを虐めるようになります。
 そんな過酷な境遇の中でもコゼットは、必ず迎えに来ると言ったファンティーヌの言葉を
固く信じ、悲しい時には、母親がかつて去り、いつか自分を迎えに来るであろう、北へ続く
細い街道を眺めて、辛い毎日を健気に耐えていました。

 一方、コゼットの身の上にそんなことが起こっているとはつゆ知らず、ファンティーヌは
モントルイユ・シュル・メールに着いてすぐに、町の市長でもあるマドレーヌ氏の経営する
黒ガラス工場に女工として雇ってもらうことができ、ここで一生懸命に働けば遠からず娘を
迎えに行けるようになると喜び、町で見かけたマドレーヌ氏に感謝するのでした。

 しかし、市民から尊敬されているマドレーヌ氏には重大な秘密がありました。彼の本名は
ジャン・ヴァルジャンといい、昔、貧しさゆえに甥と姪のために1切れのパンを盗んだ廉で
投獄され、家族を心配するあまり何度も脱獄を試みたせいで19年もの長きに渡り服役した
元徒刑囚だったのです。
 ようやく釈放されても世間の風はとても冷たく、すっかり心を荒ませてしまったジャンは、
泊まる所のない彼に温かい食事と一夜のベッドを与えてくれたミリエル司教から銀の食器を
盗んでしまい、その後すぐ警察に捕まって司教の前に引っ立てられました。さぞかし忘恩の
徒となじられるものと身構えまえていたジャンは、その時自分の耳が聞いた言葉を信じられ
ませんでした。ミリエル司教は、銀食器は盗まれたのではなく司教がジャンにあげたのだと
言い、さらに銀の燭台を忘れていったのでそれも持って行くようにと差し出したのです。
 そして、ミリエル司教は言いました。「決して忘れてはなりませんぞ、あなたがその銀を
心正しい人になるために使うと約束した事を」と。
世の中にはこんな自分にさえ博愛の手を差し伸べてくれる人間がいたのだと知って、頑なに
鎖されていたジャン・ヴァルジャンの心は戦慄き震えました。
それ以来ジャンはその言葉を胸に刻み、マドレーヌと名を変えて今日まで生きてきたのです。

 そんなマドレーヌの元に不吉な影が忍び寄ります。その男の名はジャヴェール警部。法の
名の下の正義を絶対とし、一度目をつけた獲物はどこまでも狩り続ける猟犬のような男です。
市庁舎へ新任の挨拶をしに行ったジャヴェールは、マドレーヌの顔を見て、その風貌が以前
看守を勤めていたトゥーロン徒刑場に服役していたジャン・ヴァルジャンに似ていると思い
ます。むろん元徒刑囚が市長になれるはずもないと、ジャヴェールは、その場は冗談めかし
ましたが、彼の脳裏に疑いの芽が芽生えたのは確かなことでした。
 そして、フォーシュルバン老人が荷馬車の下敷きになる事件が起きた時に、マドレーヌが
一人で荷馬車を持ち上げるのを目撃したジャヴェールは、その怪力さゆえに起重機ジャンの
異名をとったジャン・ヴァルジャンそのままのマドレーヌの姿に、ますます疑いを深めるの
でした。

 コゼットがテナルディエに預けられてから3年余りの歳月が過ぎ、少しは貯えもできて、
コゼットの次の誕生日には迎えに行けるとファンティーヌが喜んでいた矢先、工場の中では
ファンティーヌに隠し子がいるという噂が流れ、女工仲間からいじわるをされてトラブルと
なってしまいます。そして、監督のメイヨ夫人から、面接の時に独り身だと言っていたのに
嘘をつき、私生児がいるような女をここにいさせるわけにはいかない、この工場が男女別棟
になっているのもそんなふしだらな事が起きないようにしたいというマドレーヌ様のご配慮
なのだからと言われ、ファンティーヌは工場を辞めさせられてしまいました。
 それからのファンティーヌは必死に仕事を探しましたが、その日をしのぐのがやっともの
しか見つからず、しかも、コゼットを預かる条件に養育費や保証金と称して57フランもの
大金をせしめて味をしめていたテナルディエが養育費を次々値上げした上、やれコゼットが
大きくなって洋服代がかさむ、やれコゼットが病気になって金がかかったと、送金の要求は
どんどんエスカレートしていきます。それまでの貯えもあっという間に底をつき、持ち物は
おろか自分のみごとな金髪の髪の毛までも売ってしまったファンティーヌに残された道は、
もはや一つしかありませんでした。

 あんなに清純だったファンティーヌが街角に立つようになってしばらくした冬のある夜、
酔っぱらいに絡まれて、背中に雪を入れられたファンティーヌはその男ともみ合いになり、
警察に捕まってしまいます。ジャベール警部によって、その場でファンティーヌに6箇月の
禁固刑が言い渡され、そんなことになったらコゼットの養育費を送金できなるなると彼女は
哀願しますが、ジャベールは聞く耳を持ちませんでした。
 そこへこの一件を一部始終見ていたマドレーヌが現れ、ファンティーヌを許すよう警部に
命令します。しかし、自分がここまで身を持ち崩したのは全部マドレーヌのせいだと思って
いた彼女はマドレーヌに平手を放ち、恨みつらみをぶつけるとそのまま倒れてしまいました。
身も心も疲れ果てていたファンティーヌの命はもういくばくも残されていなかったのです。
ファンティーヌが工場を首になった経緯を知ったマドレーヌは、彼女に娘と一緒に暮らせる
ようにすると約束します。

 ところが、そこへジャン・ヴァルジャンが警察に捕まったという思わぬ知らせが入ります。
それはもちろん誤認逮捕でしたが、ミリエル司教の言動に戸惑っていた時、茫然自失として
いたジャンは、プチ・ジェルヴェという少年が落とした40スーを盗んだと思われており、
再犯のジャンが捕まれば終身刑を免れないのです。迷った末、マドレーヌはアラスの法廷で
自分こそが本物のジャン・ヴァルジャンだと名乗り出ます。
 有名な市長である彼が犯罪者だったと知って皆が唖然として動けぬ中、法廷を立ち去り、
モントルイユ・シュル・メールに戻ったマドレーヌがコゼットを迎えに行こうとした矢先、
追ってきたジャヴェールがファンティーヌの目の前でマドレーヌを逮捕しました。その時、
娘は決してお前の許に戻らないとジャヴェールから冷酷にも告げられたファンティーヌは、
絶望のあまり息絶えてしまいます。

 ファンティーヌの亡き骸にコゼットを取り戻すと誓ったマドレーヌは留置所から脱走し、
警察の検問をかいくぐってモンフェルメイユへ向かいました。そして、夜の森の中で、泉へ
水汲みにやらされていたコゼットに出会ったジャンは、1823年も押詰ったクリスマスの
日に少女をテナルディエの手から無事助け出しました。ジャンは、この時8歳になっていた
コゼットに喪服を着せ、母親の死を伝えて、これから生涯をかけて少女を守っていくことを
今は亡きファンティーヌに誓いました。

 その後ダンベールと名を変え、人ごみに紛れるように一旦はパリの町外れにあるゴルボー
屋敷に潜んだジャンたちでしたが、ジャヴェールの追求の手は止まず、警官隊が踏み込んで
来る間際からくも逃走します。その途中、以前助けたフォーシュルヴァンに匿われ、プチ・
ピクピュス修道院で老人の弟ユルティーム・フォーシュルヴァンとして庭師を務めながら、
修道院の女子学校の寄宿生となったコゼットと平穏な6年を過ごします。
 やがてフォーシュルヴァン老人の死をきっかけに修道院を出、街中の家に移ったジャンと
コゼットが貧しい人々にパンを配り、警察の目を避けながらも穏やかな生活を送って、2年
程が過ぎた頃、16歳となり美しく成長したコゼットは、ジャンとともにリュクサンブール
公園を散歩していたときに出会っていた青年、マリウスと恋に落ちます。

 一方、その間にワーテルロー亭が立ち行かなくなって村を夜逃げし、すっかり落ちぶれた
テナルディエの一家は、奇しくも以前ジャンたちが暮らしていたゴルボー屋敷に住み着いて
おり、子供の頃とは打って変り、見る影もないほどみすぼらしい身なりをしたエポニーヌの
姿もそこにありました。テナルディエは、娘たちに慈善家の金持ちの家へ手紙を届けさせて
金をせびったり、あまつさえパトロン・ミネットという悪党集団に加わって悪事を働いたり
と、相変わらず真面目に生きようとはせず、そんな親の片棒を担がねばならない自分の今の
境遇をエポニーヌは嫌悪していました。
 そのような時に現れたのが、大金持ちの祖父、ジルノルマン氏と仲たがいをして家を出、
ゴルボー屋敷に越してきたマリウスでした。今は貧しいとはいえ、物言い振る舞いに育ちの
良さを隠せない青年に、身分違いなのは分かっていてもエポニーヌの心は激しく魅かれます。
そして、マリウスが他の娘に焦がれているのを知っても、彼の笑顔が見られるのならばと、
自らの恋心をひた隠して、その相手がまさかコゼットであったとは夢にも思わず、彼の恋の
手助けをするのでした・・・




・・・どお、マリウス、あたしの、気持ちいい?・・・
・・・ああ、とてもいいよ・・・
・・・ねえ、マリウス、あたしが好き?・・・
・・・もちろんだとも・・・
・・・なら、あたしを愛してるって、言って・・・
・・・愛しているよ、エポニーヌ・・・
・・・ああ、うれしい!
   お願い、マリウス、あたしをもっと愛してちょうだい
   あなたのであたしをメチャクチャにして、父さんも母さんも、今の暮らしも、それに
   あいつのことも、嫌なこと、みんな忘れさせてよ・・・
・・・可哀想に、辛かったんだね?
   分かったよ、エポニーヌ、ぼくが何もかも忘れさせてあげる・・・

「フッ・・・ンンッ・・・イヤ・・・こんなの、ダメ・・・もう、やめなきゃ・・・
でないと、もう、マリウスが帰って来るわ・・・こんなの、あの人に見られたら・・・
あたし、こんな娘じゃなかったはずのに・・・マリウス・・・あたしの初めての人があなた
だったら、どんなにか良かったのに・・・う・・・ううぅぅぅ・・・」
 薄暗いゴルボー屋敷のマリウスの部屋の中に、肉欲に負けて自らを慰めてしまう女の性に
むせび泣く少女の姿がありました。
「・・・昨日、マリウスのところに、父さんに無理やり家賃のお金をせびりに行かされて、
あたし、とても恥ずかしかった・・・
だけど、あなたはそんなあたしを蔑みもせず、なけなしの5フランをあたしにくれた・・・
あなたの優しさにあたしがどんなに救われたか・・・どんなにお礼をしたかったか・・・
あたし何も持ってないから、きっとあなたは断ったでしょうけど、せめてあなたにこの身を
捧げたかった・・・でも、あたしはしなかった・・・ううん、できなかったの・・・
だって、あたしは・・・あいつに汚され尽くしたあたしの体には、そんな値打ちなんてもう
ひとかけらも無いんだから・・・
あなたとあたしじゃ釣り合わない・・・
いつかリュクサンブール公園であなたが切なそうに見詰めていたあの娘、ああいう清らかな
お嬢様こそあなたに相応しいのよ・・・そんなの、自分でも分かってる・・・
でも・・・」

 それは、半年ほど前、マリウスがリュクサンブール公園でコゼットに出会った頃のこと、
パトロン・ミネットとつるんで悪事を働く父にアジトへ嫌々連れられて行ったエポニーヌは、
酔い潰れたテナルディエを残して一人で帰る途中、彼らの仲間の一人であるモンパルナスに
犯されてしまったのです。
この二十歳にもならない整った顔立ちの伊達男モンパルナスは、18の時にはすでに多くの
人間の命を奪っており、その若さに反して仲間内でも恐れらる存在で、罪を犯す事に喜びを
見い出しあらゆる悪徳に身を染める、パトロン・ミネットの中で最も危険な男でした。
彼から、妹のアゼルマも慰み者されたくなければ言うことをきけと脅され、テナルディエに
話してもどうせ守ってくれないのは分かりきっていたエポニーヌは絶望して自暴自棄になり、
その後も他人には言えないような陵辱の数々をその体に刻み付けられてきたのでした。

「でも、あなたがわたしの心を知らなくても、あたしはきっとこれからも心の中であなたを
想い続けるわ・・・それが、たとえどんなに叶わぬ恋でも・・・」


 ジャン・ヴァルジャン、コゼット、マリウス、エポニーヌ、そして、ジャヴェール。
それぞれの思いは交錯し、やがて起きる1832年6月のパリ市民の蜂起を頂点に、多くの
人々の運命がその渦に呑み込まれ、翻弄されていきます。



                                      otto