【 アルプス物語 わたしのアンネット 】
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贈呈者 |
おしろい伯爵
さま |
2011年12月23日 |
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おしろい伯爵様から
アンネット・バルニエル嬢をいただきました♪
・・・1900年代初頭のスイス南西部レマン湖地方の山間にあるロシニエール村で暮らす
幼なじみの女の子と男の子、おてんばでちょっと意地っぱりなところのあるアンネットと、
木彫りが上手だけれど気の小さいルシエンは、時どきケンカはするけれどすぐに仲直りする
大の仲良しでした。
しかし、ある時、ほんの些細なケンカを元に行き違いが重なり、それが坂を転がり落ちる
雪玉のようにどんどん大きくなっていって、お互い意固地になってしまった二人は、本当は
仲直りしたいと思いながら、なかなか素直になれませんでした。
そんな中、少女の13歳の誕生日が明日に迫ったある春の日、仲直りしようとアンネットの
家を訪れたルシエンがアンネットの弟のダニーに大怪我を負わせてしまう事件が起こります。
少女がまだ7歳の時、ダニーを産んだ直後にお母さんが亡くなってしまって、それ以来、
お母さん代わりになって大事に可愛がってきた弟の脚がもうけっして治らないと知らされた
アンネットは、許しを請うルシエンを拒絶して心の扉を閉ざしてしまいました。
ルシエンは罪の意識に苛まれ、絶望して森にさまよい、そこで知り合ったペギンじいさんに
勧められて、森の中の小屋で木彫りに没頭するようになります。
それから二人は仲たがいしたまま、ルシエンが何度お見舞いに来てもアンネットは少年を
頑なに拒んで許そうとはしませんでした。少年がわざと弟に怪我をさせたわけではないのは
分かっていても、一生松葉杖が離せなくなった弟のことを思うとアンネットはルシエンへの
憎しみを消せなかったのです。
そうした二人にとって辛い数ヶ月が過ぎ、夏休みになって牛の放牧をお手伝いするために
山の牧場へ行ったアンネットは、アルプスの自然にいだかれている内に心が洗われるような
気がしました。そして、ルシエンと仲直りしようと決心します。
ところが・・・
秋になった学校では生徒たちが思い思いの作品を持ち寄る展覧会が開かれることになり、
お互いに一等賞になった作品をダニーに贈って喜んで貰いたいと思いながら、アンネットは
手編みのセーターを、そして、ルシエンは木彫りの馬を一生懸命に作ります。
そんなある日、お遣いを言い付かってルシエンの家を訪れたアンネットは、そこで少年の
彫った馬の見事なできばえを見てねたましくなってしまいます。そして、折悪しくちょうど
その日、ダニーが階段から滑り落ちて怪我をしてしまっていて、脚がまともならそんな事に
ならなかったのにと思うと、弟をそんな体にした張本人が一等賞を取るのが許せなく思え、
魔が差したようにアンネットはルシエンの木彫りを壊してしまいました。
展覧会ではアンネットが一等賞をもらいましたが、少女の心は沈んでいました。本当は、
この一等賞はルシエンが受けるはずのものであったのに、自分があんなことをして、それを
盗んでしまったような気がして恥ずかしかったからです。
アンネットの胸には後悔と罪の意識が重くのしかかり、ルシエンに木彫りを壊したのは自分
だと打ち明けて謝りたいと思いましたが、これまでしてきた少年への仕打ちを思い返すと、
相手に許してもらえるとはとても思えません。アンネットは今初めてルシエンのこれまでの
苦悩や辛さを知ったのです。
本当のことをなかなか伝えられずに迎えた冬のある日、弟の仲良しのペットのクラウスが
いなくなり、夜になるまで森の奥を探していたアンネットは、凍った橋の上で足を滑らせ、
川に落ちてしまいます。凍えるような水でずぶ濡れになったアンネットは傷めた足を庇って
雪の上を這いながら、近くの木こり小屋までなんとかたどり着きました。
しかし、いくら助けを求めて戸を叩いても中から答えはありませんでした。小屋の主人は
留守だったのです。
アンネットには、それがまるで、大切な友だちに対して心の戸を閉ざしてきた悪い自分への
神様の罰のような気がしました。
夜の闇はいよいよ深くなり雪まで降ってきて、寒さに凍えたアンネットが気を失いかけた
時、小屋の前を誰かがスキーで通り過ぎました。アンネットは最後の力を振り絞って助けを
呼ぼうとしましたが、体がすでに凍えきって満足に声も出せず諦めかけていると、その人は
まるで虫の知らせを受けたように引き返して来てくれました。
なんと、その人とはペギンおじいさんの小屋から帰る途中のルシエンだったのです。それは
ほんの偶然だったのかもしれません。けれども、アンネットにはそれもまた神様のお導きの
ように感じられました。そして、あんなに意地悪をしてしまったのに、必死になって自分を
介抱してくれるルシエンにアンネットは心から感謝し、自分が犯してしまった過ちを正直に
打ち明けました。
あれから8ヶ月、こうしてお互いのわだかまりは解けて、再び心を通わせたアンネットと
ルシエンはようやく友情を取り戻せたのでしたが、それでも、ダニーの脚が治らないという
現実は、二人の心に影を落としていました。
そんなある日、モントルーのホテルに勤めている姉のマリーから有名な外科医ギベットの
噂話を聞いたルシエンは、もしそのお医者様に診てもらえればダニーの脚が元通りに歩ける
ようになるかもしれないと希望をいだきました。しかし、そのお医者様は翌朝になればこの
村からはとても遠いローザンヌの街へと発ってしまうといいます。
矢も盾もたまらなくなったルシエンは、家族に黙って家を抜け出し、ギベット先生のいる
モントルーを目指して、たった一人で吹雪の吹きすさぶ夜の峠を越えたのでした。
やがて、ロシニエール村にもまた春がめぐり、若草の萌える野原を駆けまわる子供たちの
楽しげな声が聞こえてきます。そこで仲の良い兄弟のようにして遊ぶアンネットとルシエン、
そしてダニーの三人は、今度こそ本当の幸せに包まれていました・・・
森の木々が緑を濃くし始めた頃、アンネットたちはいよいよ学校を卒業することになり、
今日は村の学校の卒業式です。クラスの幾人かはシャトーデーにある上の学校へ進むことが
決まっていますが、ルシエンは家を継いで立派な農夫になりたいと言い、アンネットもまた
家を手伝ってロシニエール村に残ることにしていました。
卒業式からの帰り道、一月前に結婚したマリーが結婚後初めて夫婦揃って里帰りしてきた
のに行き合わせたアンネットは、そのままルシエンの家にお呼ばれしました。
新婚ほやほやのマリーはとても幸せそうに輝いて見え、いつか自分もそうなりたいと思った
アンネットは、自分の花嫁姿を思い浮かべてうっとりとしてしまいます。
お茶をいただいた後、久しぶりに家族が揃って積もる話もあるだろうと、いとまごいした
アンネットをルシエンが表まで見送りますが、二人はなんだか別れがたく、家の裏で互いの
将来の夢を静かに語り合っていると、台所で後片付けをしているモレルおばさんとマリーの
話し声が聞こえてきました。
「で、マリー、どうだったんだい? うまくいったのかい?」
「どうって、何がなの、母さん」
「まあ、やだよ、この子は、しらばっくれてないで、教えておくれよ
結婚式の後、お前が勤めるモントルーのホテルの支配人さんの計らいで、新婚旅行代わりに
客室に一晩泊めてもらえたんだろう?
その夜の初めてのお床入り、セザールとちゃんとできたんだろうね?」
「か、母さん! そんな、声が大きいわ、セザールに聞こえるじゃない」
「ああ、ごめん、ごめん、でも、どうしても気になって仕方なかったんだよ
おまえには娘盛りに苦労をさせっぱなしで、21になるまで浮いた話も無かっただろう?
だから、ちょっと心配だったんだよ。それに、早く孫の顔が見たくてね」
「もう、母さんったら、そんなの、気が早すぎるわ」
「で、どうだったんだい?」
「どうしても話さなきゃ、だめ?・・・
分かったわ、母さん・・・その代わり、他の誰にも内緒よ
そう、あの夜・・・わたしが先に熱いシャワーを浴びてベッドで待っていると、セザールが
後から来て、あたしのバスローブを脱がしていったわ・・・
わたし、心の準備はできているつもりだったんだけれど、たとえだんな様になった人でも、
男の人に裸を見られるのって、やっぱり恥ずかしかった・・・
でも、セザール、わたしの体を見て、とてもきれいだって、ほめてくれたのよ・・・
それからセザールに体中をキスされていって、初めはくすぐったくて仕方なかったけれど、
そのうち体がどんどん熱ってくるのが分かったわ・・・お終いにはわたしの脚を開かせて、
あの・・・あそこにも・・・キスしてきたの・・・
わたし、自分でもどうしようもないくらい切なくなってしまって・・・
セザールにもそれが分かったみたいだった・・・
あんまり恥ずかしくてわたしが顔を隠してると、彼がわたしの上にのしかかってきて・・・
そして・・・
初めての時は痛いし辛いしで、わたし、セザールに無我夢中でしがみついてたっけ・・・
それでね、彼ったら、1度目が済んでも、すぐにまた求めてきたの、それも2度もよ
でも、最後にはわたしも気持ちよくなってきて、それからは毎晩のように何回も・・・
わたし、今ではそれが待ち遠しくって・・・
あら、いやだわ、わたしったら、恥ずかしい・・・
お願い、母さん、最後の方は聞かなかったことにして」
「オホホホホ、恥ずかしいものかい、それでいいんだよ、マリー
お前とこうして女同士の話ができるなんて、まるで夢のようだよ
マリー、もっともっとセザールに愛してもらって、幸せにおなり」
「ええ、ありがとう、母さん」
「ねえ、お床入りって何の事だろ? アンネットは知ってる?」
「エッ? あ、あたし? そ、そんなの知らないわ!」
「そ、そう・・・でも、たしかに姉さんの体、きれいだったもんなあ」
「ルシエンッ、あんた、マリーさんのハダカ、見たことあるの!?」
「なに怒ってるんだよ、アンネット
だって仕方ないだろ? ぼくん家はせまいから、姉さんが台所で行水してるとさ、いやでも
見えちゃったんだ、ぼくだって姉さんに見られてたし、おあいこさ」
「あ、そ、そうよね、そんなの当たり前よね・・・ごめんなさい、ルシエン」
「いいんだ、アンネット
そうだ、せっかく、ローザンヌへ行ったペギンじいさんから、小屋を自由に使っていいって
言われてるんだから、ちゃんとした人物像を彫るのは初めてだけど、姉さんをモデルにして
木彫りを作ってみようかな」
「ルシエンの初めて作る人物像に、マリーさんを?」
「うん・・・でも、姉さん、すぐモントルーへ帰っちゃうだろうし、どうしようかな?
前にペギンじいさんが、いいものを彫るには物を見る目、観察する事が一番大事なんだって、
そう言ってたんだ」
「・・・な、なら、ルシエン・・・あたしをモデルにしない?
あたしなら、いつでも、いくらでも見せてあげられるわ」
「いいのかい? モデルなんて、きっと退屈だよ」
「いいの、あたし、ルシエンのためだったら、どんなに恥ずかしくても我慢するわ」
「そんな、いまさら恥ずかしがるなんて、ぼくとアンネットはずっと友だちじゃないか
じゃあさ、明日の朝、家の手伝いが終わったら、ペギンじいさんの小屋に来てくれる?
ぼくも母さんの手伝いをなるべく早く終わらせて行くから」
「分かったわ・・・あ、でも、このこと、みんなには内緒にしてね」
「え? どうしてさ」
「どうしてって・・・(ルシエンのバカ)・・・どうしてもッ!」
「わ、分かったよ、そうするよ、アンネット」
「じゃあ、ルシエン、あたし、そろそろ帰るわ」
「え、もう帰っちゃうの?」
「女の子にはね、ルシエン、いろいろと準備があるの」
「ふーん、そうなんだ? それじゃ、アンネット、また明日」
「さよなら、ルシエン、明日、きっと小屋に行くから、待っててね」
アンネットももうすでに14歳、実の家族ではないけれど、これまで身近な存在であった
ルシエンの姉マリーが結婚したのを見て、いつかは自分もお嫁さんになる事を夢みる年頃に
なっていました。
そして、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるのではなく、お婿さんと一緒にベッドに入って
何かをすると赤ちゃんを授かるのだというところまではアンネットも知ってはいましたが、
今日聞いたマリーの話からすると、どうやらそれは、裸になってする事らしいのです。
そういえば、クロードおばあさんから『アンネットももう赤ちゃんの産める体になったの
だから、たとえ山の牧場のように周りに誰もいなくても、夏の陽がいくら暑いからといって
むやみに下着姿になって、肌を晒してはいけませんよ。そうしていいのはお前がいつの日か
神様の前で貞節を誓う、良人になる人にだけなんですから』と言われていたのを思い出した
アンネットは、なるほど、そういうことだったのかと思いました。
『でも、あたしはいつかルシエンのお嫁さんになるのだから、かまわないわよね』と考えた
アンネットは、きれいな自分を見てもらいたくて、家に帰って早々いつもより念入りに体を
洗いました。
それがアンネットのとんでもない早とちりだったのが分かるのは、二人が森の中のペギン
おじいさんの小屋に着いてからの事です。
「おーい、アンネットー」
「ルシエン・・・」
「遅れてごめんよ、アンネット、牛の世話にちょっと時間をくっちゃって
今すぐ、ペギンじいさんから預かった鍵で戸を開けるから、もうちょっと辛抱してよ」
「ま、待って、ルシエン・・・」
「うん? どうしたの、アンネット、なんだか、元気がないみたいだけど」
「ううん、そんなことないわ・・・でも・・・」
昨日は自分をモデルにしてもらおうとあんなに張り切っていたアンネットでしたが、いざ
その時が来ると、急に恥ずかしさが込み上げてきてどうしようもありませんでした。
それに、ルシエンに限ってそんなことはないとは思っていましたが、二人きりの誰も来ない
小屋の中で男の子の前で服を脱いだりしたら、それが何なのかアンネットはまだ分りません
でしたが、裸を見られるよりもっと恥ずかしい事をされてしまいそうな、そんな漠然とした
不安に囚われてしまったのです。
けれども、ここで約束を破ってルシエンをがっかりさせてしまうことは、アンネットには
できませんでした。
「ううん、なんでもない・・・
ね、ルシエン・・・見て・・・」
そう言うと、アンネットはエプロンドレスのすそを持ち上げていきました。
「・・・エッ!? アッ、アッ、アン、アンネット!!」
「待ってて、今、全部脱ぐから」
「アンネット、いったい何を?」
「だって・・・だって約束だもの・・・」
「約束って、なんの約束だい?
そんなの、もうどうでもいいから、そんなことやめてよ、アンネット」
「そんな、どうでもいいだなんて、ひどいわ・・・
あたしがマリーさんみたいにきれいじゃないから、そうなのね?
ルシエンのバカ!」
この時、ルシエンは何がなんだか分かりませんでしたが、きっとまた自分がアンネットを
怒らせてしまったのだと思いました。そして、いつものように、アンネットの平手が飛んで
くるのを覚悟したのですが、涙ぐんだアンネットは自分の女の子の部分をルシエンに見せた
まま、スカートを持つ手を震わせていました。
「ルシエンが・・ハダカの・・女の人の・・木彫り・・作りたいって・・言ったから・・
あたし・・決心が・・にぶると・・いけないから・・下・・何も着けてこなかったのに・・
やっぱり・・マリーさんが・・いいの?・・ねえルシエン・・あたしじゃ・・ダメなの?」
「え? ぼ、ぼく、いつ、そんなことを・・・・・・アッ!」
あの時ルシエンは裸の女の人の木彫りを作るとは一言も言っていませんでしたが、昨日の
母親と姉の会話や、その後のアンネットとした会話を思い出したルシエンは、やっと合点が
いきました。おそらく、アンネットはマリーの話とルシエンが姉をモデルにするという話を
ごちゃ混ぜにして、勘違いしたらしいのです。そして、アンネットは、ルシエンがマリーを
モデルにすると聞いて、どうやらヤキモチをやいたようでした。
それがやっと分かったルシエンは、アンネットが自分を愛してくれているのを感じ、感激
して思わずアンネットを抱きしめました。
「えっ、ル、ルシエン?」
「アンネットの胸、こんなにドキドキしてる・・・
ぼくのために、勇気を出してくれたんだね?
ありがとう、アンネット、ぼく、とってもうれしいよ」
「じゃあ・・・じゃあ、あたしで、いいのね?」
「ああ、もちろんだよ!
あらためてお願いするよ、アンネット
今度だけじゃなく、これからもずっと、ぼくだけのアンネットを彫らせてくれるかい?」
「ああ、ルシエン、あたし・・・あたし、うれしい、うれしいわ、ルシエン」
それからルシエンは、精魂を込めてアンネットの木彫りを彫り続けました。
そして、木彫りに取り組むルシエンの真剣な姿に感動したアンネットもまた、恥ずかしさを
我慢して請われるままに、少年の前にすべてを晒していきました。
やがて半年がまたたく間に過ぎ、アンネットの等身大の木彫りがようやく完成したのは、
クリスマスイブの夜のことでした。
「ねえ、父さん、お姉ちゃん、まだ帰ってこないね?
今年は教会でショウガパンがもらえなかったから、お姉ちゃん、きっとがっかりするね?」
「ふーむ・・・それはどうかな? アンネットは今頃、ショウガパンよりももっとすてきな
贈り物を貰っているんじゃないかな?
そして、何れ、神様からの授かりものをいただくことになるかもしれないな」
「ピエール!?
アンネットはこのところずっとルシエンと一緒で、帰りもいつも遅いけど、まさか、人様に
言えないような事はしてないだろうね?」
「いいえ、ルシエンはアンネットを傷つけるような事は決してしないでしょうから、そんな
心配は無用と思っています
クロードおばさんも、そうお思いになりませんか?」
「そ、そうだね、わたしの取り越し苦労かもしれないね・・・
でもね、ピエール、アンネットももうそろそろ年頃の娘なんだから、おかしな噂が立たない
ようにしないといけないよ」
「ねえ、父さん、神様からのさずかりものって、なあに?
サンタさんがぼくにくれた、クラウスみたいなものなの?」
「そうだなあ、それよりももっと大切で、もっと愛しいものだと、父さんは思うよ」
「そうかぁ、いいなあ、お姉ちゃん、ぼくもほしいなあ」
「ダニーがいつか大人になれば、お前にもそういう時が来るさ
それより、ダニー、もしルシエンがお前のお兄ちゃんになるって言ったら、どう思う?」
「ルシエンが? うん、いいよ、ぼく、ルシエンのこと、大好きだもん」
「ハハハ、そうか、そうか」
「ねえ、クロードおばさん、来年の春になればアンネットも、もう15歳になります
春になったら二人を婚約させてやりたいと思うのですが、いかがでしょう?」
「そうだねえ、少し早い気もするけど、二人はあんなに好き合っているんだ、こういう事は
早い方がいいかもしれないね? そうと決まったら、これからはアンネットに家の切り盛り
一切をみっちり仕込んでやらなきゃね」
「ハハハハハ、お手柔らかに、クロードおばさん」
「それにしても、あたしが来た時にはあんなに小さかったアンネットがねえ・・・」
翌朝、小鳥たちの鳴き声ともに朝日がペギンおじいさんの小屋へ射しこみ、目を覚ました
アンネットはしばらくの間、傍らに眠るルシエンの寝顔をながめていました。
昨夜、木彫りを完成させた後、まるで精も根も尽き果てたようになって、そのまま床に寝て
しまいそうなのをアンネットが引きずるようにしてベッドへ寝かせてから、ルシエンは今も
まだ昏々と眠り続けています。そして、その顔には、まだ疲れの色が少し残っていましたが、
一つの事をやり遂げた満足げな微笑みが浮かんでいました。
帰ったら、きっとお父さんやクロードおばあちゃんから叱られるだろうなという思いが、
まだ眠気の残るアンネットの頭の隅をよぎりましたが、こうしてルシエンの温もりを感じて
いるととても幸せな気持ちになって、そんな事を忘れさせます。その代わりに、子供の頃は
あんなにひ弱そうだったのに、いつの間にルシエンの背中はこんなに広くなったのかしらと
そんなことをアンネットは考えていました。
もうすぐルシエンも起きるでしょう。でももう少しルシエンを寝かせておいてあげたいと
思ったアンネットは、そっとベッドから抜け出し、素肌に上着だけを羽織りました。そして、
ルシエンが起きた時に紅茶をいれようと思い、暖炉に薪をくべたアンネットは、お湯が沸く
まで待つ間、隣の作業部屋に行きました。
そこに置かれているルシエンの木彫りはまるで鏡を見ているようにアンネットに瓜二つで、
ルシエンの魂がこもっていて今にも動き出しそうでした。それにしても、その表情はなんて
希望に満ちた優しい眼差しをしているのでしょう。
ダニーが怪我をしてルシエンに憎しみを向けてしまった時、そして、ルシエンの木彫りの
馬をわざと壊してしまった時、自分はきっとひどく醜かったのに違いないのに、ルシエンが
こんなにも美しく愛を込めて一生懸命にこの像を作ってくれたのだと思うと、アンネットの
胸は熱くなりました。そして、窓辺にひざまずいたアンネットは、自分もルシエンの思いに
相応しい人間になろうと神様に誓います。
アンネットの仰ぎ見る窓の向こうには、どこまでも続く青い空が輝いていました。
otto |
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