【  あらいぐまラスカル  】


贈呈者 おしろい伯爵 さま 2011年9月16日






おしろい伯爵様から

アリス・スティーブンソン嬢をいただきました♪


・・・アメリカ北部、森と湖に囲まれたウィスコンシン州の小さな町ブレールスフォードで
暮らす少年スターリングは、ある晴れた春の日に友だちのオスカーとウエントワースの森へ
釣りに出かけ、そこで猟師に母親を殺されたアライグマの赤ちゃんを見つけます。
動物好きのスターリングはまだ目も開いていなかったその赤ちゃんアライグマをラスカルと
名付けて育てることにしました。
 初めはミルクを飲ませるのも難しかった赤ちゃんアライグマもやがてすくすくと育って、
自分たちによくなつくラスカルはスターリングを喜ばせますが、楽しみにしていた夏休みが
始まった矢先、母の死という悲しみが少年を襲います。ノース家はまるで火が消えたように
寂しくなり、仕事で不在がちな父と二人だけの生活の中、少年をなぐさめてくれたのもまた
ラスカルでした。

 それから一月ほどが過ぎた頃、新しい駅長としてスティーブンソンさん一家がシカゴから
この町へ赴任してきました。その中に自分と同い年くらいの可愛い女の子がいるのを見て、
スターリングはその娘、アリスと仲良くなれたらなあと思っていました。
 そんな中、ある事件をきっかけにして、ノース家とスティーブンソン家とは家族ぐるみの
お付合いをするようになり、一緒にコシュコノング湖へピクニックに行ったり、そこで偶然
出会った少年の父の亡き友人の息子、カールに招待されたスリーレイクスでカヌーに乗って
湖畔へ二人だけでキャンプをしに行ったりして、夏休みの間に少年と少女はすっかり仲良し
になり、スターリングはアリスをガールフレンドにすることができました・・・



 夏休みも終り、新学期が始まってすぐ、スターリングの父が2週間ほど家を留守にすると
聞いたアリスは、ボーイフレンドの為に夕食を作りに行ってあげたいと思っていましたが、
スターリングが病気で寝込んでいるのならばともかく、こと料理に関しては自分よりよほど
上手なくらいの少年にそれをどう言おうか迷っていましたが、ちょうど、担任のホエーレン
先生の提案で生徒達の飼っているペットを学校へ持ち寄ることになり、誰のペットが一番に
なるかクラスで競争になりました。
『ラスカルを一番にするには、もっとおめかししなくちゃ、それなら男の子のスターリング
よりもわたしの方がきっと上手だわ。そのついでにお食事を作ってあげてもちっとも変じゃ
ないわよね』と思ったアリスは、お化粧道具の詰まったバスケットを持ち、放課後になると
いそいそと少年の家を訪ねました。

 バスケットの中には鏡、ボディシャンプー、リンス、タオル、ブラシ、それにお姉さんの
ところから失敬してきた香水まで入っていて、アリスはまるでオママゴトで赤ちゃん人形の
お世話をするように、たらいの中で泡だらけにしたラスカルを洗うのを楽しんでいました。
けれど、ラスカルの方はさすがに嫌気が差してきたのでしょう、シャンプーを洗い流して、
体を拭こうとしたアリスがタオルを取ろうと手を離した隙に、ラスカルは逃げ出してしまい、
それを追いかけようとしたアリスはたらいにつまづき、その中に尻餅をついてびしょ濡れに
なってしまいました。

「アッ、待って、ラスカル・・・キャッ!」
「アリス、大丈夫? 怪我はない?」
「ええ、わたしは平気・・・だけど、お洋服が台無しだわ」
「怪我がなくて、よかったじゃないか」
「だけど、お家へ着替えに戻ろうにも、このままじゃ恥ずかしくて、お外も歩けないわ」
「うーん・・・だったら、服、僕が洗ってあげるよ
まだ日が長いから、急いで洗えば夜までには乾くと思うんだ
その間にアリスはお風呂を使ってよ、だってアリス、ラスカルみたいに泡だらけだよ」
「まあ、スターリングのイジワル・・・ごめんなさいね、わたし、スターリングの役に立ち
たかったのに、かえって邪魔をしちゃったみたい」
「そんなことないさ、それより、服が乾くまでの間、アリスの着替え、どうしようか?
姉さんたちの子供の頃の服、まだどこかにしまってあったかしら」
「あの・・・あなたのその縞々のシャツ、貸してもらえる?
わたし、男の子の服、一度着てみたかったの」
「えっ?・・・いいけど、下はどうするの?」
「あら、大丈夫よ、だってスターリングのシャツなら、わたしが着ればスカートくらいまで
丈があるから」
「そうなの? シャツとズボンなら、洗濯したのがあるから、それを持ってこようか?」
「ううん、それがいいの」
「そう・・・じゃあ・・・シャツ、ここに置いておくね
僕、ラスカルを捕まえて体を拭いてるから、脱いだ服はドアの外に出しておいて」
「ありがとう、スターリング」

「スターリング」
「今行くよ、アリス
こら、ラスカル、暴れるなよ・・・ようし、もういいぞ
せっかくアリスがきれいにしてくれたんだから、今日は家の中にいて、もう表に出るんじゃ
ないぞ」
「お待たせ、アリス」
「こんなことお願いして、ごめんなさい、スターリング
これで全部、だから」
 スターリングが浴室の前に行くと、いつもより少し上ずって聞こえるアリスの声とともに
ドアが少し開かれて、きれいに折り畳んだ服を乗せた少女の腕が少年の方へ伸ばされます。
その時、ドアの隙間から少しだけのぞいた少女の細い肩と真っ白な太ももに、少年はハッと
息を呑みました。ドア1枚隔てた向うにいるアリスは、今、何も身に着けていないのです。
泥だらけになるまで一緒に遊んで家に寄ったオスカーに風呂を使ってもらうのと同じ調子で
何気なくアリスに風呂を勧めてしまったスターリングでしたが、他には誰もいない家の中で
裸の女の子と二人きりなのだという事に今更ながら気付くと、少年は急に恥ずかしくなって
いたたまれなくなり、急いで服を受け取ると裏庭へ出て行きました。
そして、父親以外は女ばかりの家に育ったアリスでは気が回らなかったのも仕方なかったの
かもしれませんが、受け取った服を洗おうと物干し場の水道の所に行ったスターリングは、
受け取った服の中にまだ温もりの残る少女のドロワーズまでも一緒に入っているのを見て、
なおさら顔を赤らめてしまうのでした。

 そんな事があったとは知らないアリスでしたが、バスタブにお湯が張るのを待ちながら、
ボーイフレンドがいつも使っているお風呂をこれから自分も使おうとしていると考えると、
なんだか二人が大人の恋人同士になったみたいで、ちょっと恥ずかしいような、それでいて
嬉しいような不思議な気持ちがしてきます。
 やがてお湯も張り終り、蛇口からほとばしる水音が止んで静かになった浴室にドアの軋む
音が聞こえたのは、アリスがお湯に手を入れて温度を確かめていた時のことでした。
振り向いた少女の目に浴室のドアがゆっくりと開いていくのが映ります。
「誰!?」
 兄弟のいないアリスには想像もつきませんでしたが、シカゴにいた頃のちょっとおませな
女友達が『男の子って、たとえ兄弟でも女の子の裸を見たがるものなのよ』と半ば自慢げに
言っていた言葉が急に脳裏によみがえってきて、思わず胸を隠した少女の手にドキドキする
自分の心臓の鼓動が伝わってきます。
 アリスは『まさか、スターリングは、そんな事しないわ』と思いながらも、『でも・・・
スターリングだって、男の子ですもの』という考えを頭から消し去れません。
「スターリング、なの?」
 声を震わせる少女の、もし少年だったらどうしようと考える心の片隅に『スターリングに
なら・・・』という想いが浮かんでは消えていたのを、この時はまだアリス自身、自覚して
いませんでした。

「お願い、黙っていないで、もう、出てきてよ」
「・・・チャア?」
「エッ?」
 気持ちが混乱してきて我慢できなくなった少女が涙混じりに訴えた先に姿を現したのは、
ラスカルでした。それを見たアリスは一遍に身体の力が抜けて、お尻を床にペタンとつけて
しまいます。
「まさか、ラスカルだったなんて・・・わたし、心臓が止まるくらい、ドキドキしちゃった
んだから・・・あなたって、ほんとに名前通りのいたずら坊主ね?
おいで、ラスカル・・・スターリングにきれいにしてもらって、よかったわね
わたしも早く体を洗って、あなたたちのお食事を作ってあげるから、もうちょっと待ってて
くれるかしら?」

 毛皮が胸に少しこそばゆかったでしたが、ふかふかした抱きごこちのいいラスカルを名残
惜しそうに床へ下ろした少女がお湯に浸かろうと立ち上がってバスタブに片足を入れた時、
いつの間にか前足を石鹸まみれにしたラスカルがアリスのもう片方の足を洗いだしました。
「まあ、ラスカル、あなた、わたしがあなたを洗ってあげたを真似してるの?
あなたって、本当に頭がいいのね、ありがとう、ラスカル
でもせっかくだけど、今日は、さっきかぶっちゃったシャンプーを流すだけでいいんだから、
もう石鹸で洗わなくてもいいの・・・だから、離してくれる?」
 けれど洗うのに夢中になっているラスカルは少女の言う事を聞きそうもありませんでした。
そこでアリスは足を持ち上げてしまえば諦めるだろうと思ったのですが、ラスカルは少女の
足首にとりすがり、一緒に持ち上がってきてしまいます。
 それで仕方なくアリスはバスタブの縁にラスカルを下ろしたのですが、なおもラスカルは
アリスの足を洗い続け、少女が足を引こうとするとまたしがみついてきて今にもバスタブの
中に落ちてしまいそうで、せっかくきれいにしたラスカルの毛皮をまた濡らしたくなかった
少女は身動きができなくなってしまいました。

 そんな、まるでラスカルに片足を差し出しているような姿勢になってしまって脚が疲れて
きたアリスが、『そんなにわたしの足が好きの?』と、呆れたようにラスカルを見ながら、
無意識にバスタブの縁に手を伸ばして身体を支えようとした時でした。普段使い慣れている
自分の家の物と勝手が違ったのでしょう、アリスの手は空を掴み、いきおい足が滑って宙に
浮いた身体が一気に落ちて行き、一瞬何が起こったのか分からなかった少女はビックリして
家の外にも聞こえるほど大きな悲鳴を上げてしまいます。
「アイタタ・・・今度は思いっきり、お尻、打っちゃったわ、もうこれで2度目よ
今日はなんて運のない日なのかしら・・・」
「アリスッ! どうしたの? 何があったんだい?」
「エッ?・・・ス、スターリング!?」
 スターリングが悲鳴を聞きつけて浴室へ駆けつけた時、アリスは丁度後ろを向いて痛めた
お尻を両手でさすっているところでした。
声に振り向いたアリスは突然現れたボーイフレンドに驚いて前を隠す事も忘れて立ち尽くし、
スターリングは目に飛び込んできたガールフレンドのヌードに声もなく目を奪われてしまい、
二人ともその場で凍りついたようになってしまいます。
そして、そんな二人を我に返したのは、二人が黙ったまま何をしているのかと物問いたげに
首をかしげるラスカルの鳴き声でした。

 アリスはアッと叫ぶとバスタブの中にしゃがみ込み、スターリングもあわてて後ろを向き
ました。
「ごめん、アリス、君の悲鳴が聞こえたから・・・」
「謝らないで・・・スターリングのせいじゃないもの・・・
でも・・・見た、のよね?」
「あ・・・うん・・・」
「そう・・・
お風呂、出るから、一人にしてくれる?」
「そ、そうだね・・・」
 裸を見られたことはもちろんですが、それよりも、尻餅をついたところやお尻をさすって
変な格好をしているところを男の子に見られたことの方が、よほど恥ずかしく感じられて、
スターリングが出て行った後しばらく、アリスはバスタブの中で涙を堪えながら両膝を腕に
かかえ、身体の震えが収まるのを待っていました。
 ようやく落ち着いたアリスはタオルで拭った身体にスターリングのシャツを着てみます。
それは思ったより少し短めで、股のところがスースーするのがちょっと気になりましたが、
冷たい水で顔を洗ったアリスはこれまでの失敗を挽回しなければと気を取り直して、浴室を
後にしたのでした。

「スターリング・・・」
「アリス・・・その・・・大丈夫?」
「これ、似合ってるかしら?」
「あ・・・うん、とっても似合ってるよ」
「そう、よかった
ねえ、スターリング、迷惑をかけちゃったお詫びに、わたしにお食事を作らせてくれる?」
「そんな、迷惑だなんて・・・あ、でも、お願いしようかな」
 正直を言って、あんな事があった後、どう言葉をかけたらいいのか少年には分かりません
でしたが、もしかしたら泣き出すんじゃないかと考えていたアリスが思ったより元気そうで、
スターリングはホッとしました。
けれど、この家のキッチンの勝手が分からないアリスのために一緒に台所へ行った少年は、
少女が食器棚の食器を取るのに背伸びしたり、食材を取るのに屈んだりするたび、シャツが
ずり上がって、太ももはおろかお尻まで見えそうになるのが気が気でありませんでした。

 それでもようやく食事の準備が整い、二人はラスカルと一緒に食堂の席につきます。
「ァッ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ、ちょっとお尻が冷たかったから・・・
さあ、お料理が冷めちゃうわ、お夕食にはちょっと早いけど、どうぞ召し上がれ」
「あ、うん、ありがとう、アリス」
 そうして差し向かいに座る少女を目の前にした少年は、目のやり場に困りました。
スターリングのシャツは男の子用なので丈夫な分、女の子のものより生地が硬くて、それを
シュミーズもなしに着たせいでしょう、こすれてツンと立った少女の乳首がシャツごしにも
はっきり浮き出て、さっき見たアリスの裸が重なって見えてしまうのです。
 それに、少女がお姉さんの香水をつけ過ぎたのか、それともシャンプーの残り香を少年が
必要以上に敏感に感じてしまったのか、アリスの身体から漂う甘い香りに、スターリングは
頭が少しクラクラしてくるのを覚えました。
 そうして食べた料理の味も分からないくらいドギマギしながら食事を終えた少年をよそに、
アリスはかいがいしくコーヒーを持ってくると、夏休みの楽しかった思い出に花を咲かせて
いきました。

「・・・それでね、フローラ姉さん、カールにすっかりお熱みたいなの
わたし、二人はきっと結婚すると思うわ
だって、姉さんとカールがキスしてるとこ、わたし見ちゃったんだもの
ねえ、スターリング、こうしてると、まるで、わたしたちも恋人同士みたいね?」
 そう言ったアリスの唇がなんだかとても艶めかしく見えて、生れて初めて女の子に口づけ
したいという衝動にかられる自分を発見したスターリングは、まだ子供の自分たちがそんな
事をしてはいけないと思いながらも、このままだと本当にそうしてしまいそうで、少し恐く
なってしまいます。
「スターリング?」
「あ・・・ごめん、アリス、ちょっと考え事をしてたんだ」
「チャ〜〜」
「あらあら、ラスカルったら、お腹いっぱいになって、もうおねむなのね?」
 その時、柱時計が『ボーン・・・ボーン・・・・・・』と鳴って、6時を告げました。
「ああ、もうこんな時間か・・・
服も乾いた頃だから、そろそろアリスも帰った方がいいんじゃないかな」
「そうね、あまり遅くなると、お母さんに叱られちゃう」
「じゃあ、僕、服を取ってくるよ」
「お願いね、スターリング」

「アリス、家まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫、日が落ちるまでにはお家に着けるから
それじゃあ、スターリング、また明日
ラスカルも明日、学校で会いましょうね」
「アリス、今日はいろいろとありがとう」
「ううん、わたしこそ・・・ね、スターリング、また、お食事、作りに来てもいい?」
「ああ、もちろんだよ、アリス、今日の料理、美味しかったよ」
「ほんとに? 嬉しい!
じゃあ、今度こそ、さようなら、スターリング」
「さようなら、アリス、気をつけて帰るんだよ」

 家に帰ったアリスは、家族の前では何事もなかったような風をしていましたが、その夜、
自分の部屋で一人になって改めて昼間の出来事を思い出すと、顔から火が吹くように耳まで
真っ赤になりました。
でも、裸を見られる前に少女の心の片隅に浮かんだ、『スターリングになら』という想いが
今になってアリスの中ではっきりと自覚されていきます。その証拠に、スターリングに裸を
見られた事がどんなに恥ずかしくても、アリスにとって、それは決して嫌な事には感じられ
なかったのです。
 あんな事があって嫌いになるどころか、ますますスターリングのことが好きになっていく
自分を感じたアリスは、これが恋というものなのかしらと思いました。或いは、それは姉の
恋愛に触発されただけのものだったのかもしれませんが、いつの時代、どこの国に限らず、
どんなに幼くても少女にとって恋は生きる糧であり人生そのもの、初めて知った恋の予感は
アリスを幸せで満たしていきます。
 そして、アリスの中に異性を見たスターリングもまた、男の子同士の気楽な付き合いでは
得られない胸の高鳴りを知り、大人への階段を一歩踏み出そうとしていました。



                                      otto