【  エイミーの仕返し  】


贈呈者 おしろい伯爵 さま 2004年9月25日






おしろい伯爵様から
「愛の若草物語」より
ジョセフィン・マーチ嬢をいただきました


 お淑やかで美しい長女メグ、男勝りで小説家志望の次女ジョオ、内気でピアノの大好き
な心優しい三女ベス、そしておしゃまでちょっと自分勝手な末娘のエイミー、マーチ家の
四人姉妹たちは戦火に見舞われて疎開したニューコードの町で、奴隷解放に信念を持って
南北戦争に赴いた父を案じながら、生活はつつましくてもしっかりした母の愛に包まれて
助け合って仲良く暮らしています。
でも、時には失敗したり大喧嘩したりしたこともありました。これはそんなお話の一つ。

 マーチ家のお隣、ローレンス家には厳格そうな老人と両親を亡くしてお屋敷に引き取ら
れた孫息子が住んでいました。
ローリー少年は両親を喪った悲しみと、亡き母のようなピアニストになりたいという孫の
夢に反対して自らの持つ海運事業の後継ぎにさせようと大学行きを勧める祖父になかなか
馴染めない淋しさに、つい、お隣の家からもれてくる楽しげな笑い声や家庭の温かさへの
憧れに誘われて、その窓辺を覗いてしまうのでした。
そして娘たちもその事に気づいていましたが、両親のいない少年を気の毒がって見て見ぬ
ふりをしていました。特に男の子のようなところのあるジョオは女姉妹しかいない自分に
弟みたいな男の子の友達があったらいいな、と時々手を振ってみせたりしていました。

 秋も深まったある夜、メグとジョオは招待されて初めて舞踏会に行き、メグはさっそく
男性客から誘われて踊りを楽しんでいました。
でもジョオはというと、うっかり暖炉で焦がしてしまって継当てをしたドレスのおしりを
手で押さえているせいで踊ることもできなくて、カーテンの陰になっているアルコーブに
隠れようとします。そこで会場に顔見知りがいなくてつまらなそうにしていたローリーと
ばったり会いました。
 それまで直接に話した事は無かった二人でしたが、話してみるとローリーはマーチ家の
事をよく知っていて、母を囲む暖かい家族の風景をうらやましそうに語りました。
少年の横顔のどこか淋しげな様子に心を動かされたジョオはローリーを家族に紹介して、
ローレンス老人が姉妹たちの祖父と親友だったこともあり、しだいに家族ぐるみの親交を
深めていくのでした。

 それから季節は移り、ようやく寒さも盛りを過ぎた週末、ふとした事でジョオが劇場で
上演している芝居を見たがっているのを知ったローリーは桟敷席を取り、ジョオとメグを
招待しますが、それを聞いたエイミーは自分も連れていってとねだります。
観劇に集中して、できれば小説の題材に使えたらとも思っていたジョオはエイミーを諦め
させようとしますが、いくら言っても駄々をこねる妹に次第にイライラを募らせて、とう
とう、ぐうの音も出ないくらいやり込めてしましました。
 自分の部屋に戻って大泣きしたエイミーは、収まりきれない悔しさにわなわなと身体を
振るわせながら、理屈では敵わないジョオになんとか思い知らせてやりたいと一生懸命に
考えるのでした・・・・・・

 いよいよジョオたちが劇場に行く当日、朝からおめかしにいそしむメグを尻目にそんな
ことにはまったく興味が無いジョオは部屋着のまま小説の案を練ったりしています。
いつものように出発ギリギリの時間になって慌てて着替える羽目になる、そんないかにも
ジョオらしい態度をもちろんエイミーもよく知っていました。
 誰にも見られぬよう裏木戸から家を出たエイミーは少し離れた所でローリーが仕立てた
辻馬車を見つけて呼止めると、ジョオが今日のご招待のお礼をしたいから、彼女の部屋に
そっと来てほしい、と伝えました。馬車の出しなに、母親は婦人会の集まりでいないので
わざわざ玄関でノックしなくてもいい、という言葉に手を上げて応えるローリーの背中を
見て、エイミーはほくそ笑むのでした。

 同じ頃、ジョオの部屋にメグが来ていました。
「ジョオ、そろそろローリーが来てくれる頃だけど……
まあ、まだそんな格好のままなの? お出かけの用意はいいの?」
「いっけなーい、もうそんな時間だったんだわ!」
「なんなら、お手伝いしましょうか?」
「ありがとうメグ、でも大丈夫、すぐ済むと思うわ」
「そう、ならいいけど、手間取るようなら言ってね」
「ええ、そうするわ」

 メグが去るとジョオは大慌てで、クローゼットを引っ掻き回し始めました。
「靴とコートと服は……ああ、これでいいわ
シュミーズにパンタレット、ストッキングにガーターと、
ペチコートはリンネルのが2枚でいいかしら?
コルセットはお芝居を観るだけなんだし、要らないわね……
メグったら、あんなに胸が大きいのによくこんなの我慢できるわねぇ
それにクリノリンも、あれじゃ籠の鳥よ、女の子って本当にいやになっちゃう!
わたし、男の子の方がよかったのになぁ……
あっと、こうしちゃいられない、急がなくっちゃ!」

 ベッドに着替えを置くとジョオは部屋着も肌着も一気に脱ぎ捨ててクローゼットにまと
めて放り込み、服を着ようとして、髪の毛の手入れを忘れていたのを思い出します。
お化粧はするつもりもありませんでしたが、ゆたかで艶のある髪の毛が自慢のジョオには
これだけは欠かせません。
 ジョオはもう一度部屋着を引っ張り出して羽織るのも面倒と、脇にある書物机の椅子に
腰を下ろし、素肌のお尻に伝わる固く冷たい木の感触に一瞬ゾクッとしたのを我慢して、
長い髪を梳り始めます。
 ちょうどその時、部屋のドアを小さく叩く音がして、ジョオはメグが手伝いに来たのだ
と思いました。姉はちょっと眉をひそめるかもしれないけど、姉妹なんだからこんな格好
でも構わないわ、と何も気にせずに、どうぞ入って、と応えます。

「ジョオ、そろそろ時間だよ、僕に何か用があるんだって?」
「メグ、もうちょっとだから、ローリーが来たら、先にお相手していてくれる?」
「エッ?!」
「な、何?!」
 ドアが開くなりローリーもジョオもお互いを見ないうちに同時に声をかけ合いました。
でもそれはローリーにとっては彼を待っていたはずのジョオの言葉が姉に向けられたもの
でしたし、ジョオにとっても相手がメグだと思ったのに違っていたので、二人とも全くの
予想外なことでした。
 ドアから正面を向いていたローリーはジョオの姿を探して声が聞こえた方を見ました。
同様にジョオも椅子を立ち上がりながらドアの方へ振り向きます。
「アッ!!」
「ロ、ローリーッ?!」
 一瞬、二人は声を呑みこみました。

 なんでこんな事が起きたの?
ジョオはあまりの出来事にビックリして肌を隠すのも思い付かず、入り口に立つ凛々しく
正装したエスコート役の少年に目を見張ります。
 春の気配を感じさせる陽光がジョオの肌をやわらかく包んで、活動的な少女の健康的な
肌色に、時に淡くまた濃く、どこまでも円やかな陰影を描いていました。
 い、いけない、目を、逸らさなきゃ………
ローリーは紳士のたしなみとしてジョオの裸を見まいとしましたが、突然目に飛び込んだ
同じ年頃の少女の裸身からどうしても視線を外せませんでした。

 それは時間にすればほんの数瞬のだったでしょう。
ジョオが少し身じろいだ拍子に椅子が倒れた『ガタン』という音が二人を我に返しました。
そしてエイミーの勝ち誇った声が聞こえてきます。
「ジョオ・マーチ! いい気味だわッ!
なんて、恥知らずな、格好なの?
そんな格好を、男の人に見られて、恥かしくないのかしら?」
 何年か後にエイミーがこの頃のジョオと同じ年頃になった時、ローリーにからかわれて
同じ質問をされたエイミーは彼の腕の中で頬を染めるのですが、ジョオの勝気さは恥らい
よりも怒りを呼び覚ましました。
「エイミ〜〜! さてはあんたの仕業ねッ!!
よくもこんなことをッ、お仕置きしてやるわ!!」
「ヒ、ヒェ〜ッ!」
「待ちなさい! エイミー!!」
 まさかこんな状況でも自分を捕まえようとするなんて、エイミーにとってこれはとんだ
見当違いの展開でした。こうなってはジョオの剣幕を誰も止められそうもありませんし、
騙してしまった手前、ローリーに助けてもらう訳にもいかないエイミーは一目散に逃げて
行きました。

 それに弾かれたようにジョオもエイミーを追いかけようとしたのですが、転がっていた
椅子の脚につまずいてしまいます。あわや転倒しそうになったジョオをローリーが抱きか
かえてくれますが勢い余ってそのまま二人とも倒れてしまいました。
「ツッ……」
「ローリー? どこか打ったの?」
「うん、ちょっと頭を……」
「大変! ちょっと触っていい?
・・・・・・
よかった、怪我はないみたい……でも顔が赤いわ、どこか他のところかしら」
 上にまたがったままローリーの頭に両手を回したジョオの胸元が少年の顔にさしかかり、
目の前で形よく下がった乳房が少女の体の動きにわずかに遅れてゆれているのが見えて、
このままでは本当に困ったことになりそうでした。
「大丈夫、なんともないから……
それより、ジョオ、もう出発しないとお芝居が始まっちゃうよ
それに、その……服も着ないと……僕、目を瞑ってるから」
「あっ! わたしったら……そう、してくれる?」

 ローリーはドアの方を向いて待ちながら、ジョオが身支度をするかすかな衣擦れの音を
聞いていました。
「ローリー、本当にごめんなさいね、帰ったらエイミーをお仕置きしてやらなきゃ!」
「いや、僕も悪るかったんだ
エイミーのことは子供の悪戯なんだから、あまりひどいことはしないでほしいんだけど
ジョオだって家でそんなことが待ってると思うと、折角のお芝居を楽しめないだろ?」
「うーん……あなたがそう言うなら……
今日の事、誰にも秘密にしてくれるなら、それでもいいわ
でもエイミーには当分口をきいてあげないつもりよ」
「うん、分かったよ」

 こうしてこの日の事は3人の秘密になったのです。
ローリーはこれまでジョオの激情家だけれど女の子の割にさっぱりした、はっきりものを
言う性格が好きで、女性としてというより馬が合う友達として見ていましたが、少しずつ
違う目でみるようになります。でも、ジョオはその後も相変わらず、ローリーに対しては
姉のように振舞う態度を変えませんでした。




きょとんとした表情もかわいいジョオをありがとうございました♪



                                                       otto