≪若鹿の園 プティ・メゾン・ド・ビシェット シリーズ1≫
〜 ふたごの秘密の夏休み 〜
―――始まりの章 ―――
【 はじまり 】
『あんなやぼったい学校なんて、絶対に行きたくないわ!』と最初はこの学院に来るのをずいぶん嫌がった双子の姉妹パットとイザベルも今ではすっかりここを気に入り、クラスに友達も大勢できました。
やがて月日は巡り、太陽はまたきらめきを取り戻して空は青く、森の木々の芳しい香りが教室の窓辺まで届く季節はもう初夏、一年生最期の授業もすでに終り、明日からはいよいよ待ちに待った楽しい夏休みの始まりです。
『二年生になったら二人ともトップの成績を取ろうね』と誓い合う双子でしたが、そうは言ってもバカンスの季節はまた別、これからの二ヶ月あまりをどう過ごそうかしらと考えるだけで、二人の心は自然に浮き立ってきます。
「ねえ、みんな、夏休みはどうするの?」
「聞いて、聞いて、あたしはね、家族みんなでニースへ行くの!」
「輝く太陽の降り注ぐ海岸で、ひと夏の恋に燃えあがる……なんて憧れちゃう!
きっとフランスの男の子って、とってもステキなんでしょうねぇ」
「ノン、ノン、夏休みだからと言って遊び呆けるなんて、なんと嘆かわしい!
よい機会ですから、本場のフランス語をみっちり覚えてこなくては」
「まあ! やあねぇ、もーヤメテよ、せっかくのムード、ぶち壊しじゃない!
あ、でも、ボーイフレンドを見つけるにもフランス語、しゃべれないとだめかしら?
あ〜あ、マドモアゼルの授業、もっと真剣に勉強するんだったなぁ……」
「フフフフ、後悔先に立たずね、まあ、がんばりなさい」
「もぉ〜、ヒラリーのイジワル! それで、あなたは?」
「わたしは、スコットランドの叔父様の別荘でのんびり過ごすわ
読みたい本もたくさんあるし」
「さすが、級長殿! でも休みの時まで勉強して、これ以上、差をつけないでね
あたしん家なんか外国へバカンス旅行に行けるほど余裕ないけど、それでもキャンプしたり泳ぎに行ったりして、ここに戻る頃には誰だか分からないくらい真っ黒になるまで、休み中ずぅっと遊びまくる予定なんだからぁ」
「はいはい、分かりました、大丈夫、わたしだってちゃんと息抜きくらいするわ
それで、ふたごちゃんたちは?」
「あ、わたしたち? う〜ん、そうねぇ、行くには行くんだけど……どこなのかしら?」
「あら、クラスの仲間にもおしえてくれないの?」
「も〜、パットったら……あのね、どこに行くのかは、わたしたちも実はまだ知らないの
うちのパパとママ、誕生日のお祝いを兼ねて毎年夏休みにはどこかへ連れてってくれるんだけど、そこに着くまで目的地はいつも内緒にしてて、わたしたちをビックリさせるのよ」
「まあステキ! 秘密の夏休みね?
ワクワクしちゃうわ、きっとすばらしい夏休みになってよ」
「ネ、夏休みが終わったら、どんなことがあったか、みんなで話す、ってのはどう?」
「賛成! また真夜中のパーティーね!」
「なら、あたし、あっちで美味しいもの、いっぱい仕入れてこなくっちゃ!
オミヤゲ、楽しみにしといてね」
「うわ〜、夏休みが終わるのが待ち遠しくなっちゃった!」
「それでは皆様の賛成多数につき、本提案は可決されましたぁ
なぁんて、ウフフフフ……ねえ、いいでしょ、ヒラリー?」
「ふぅ……しょうがないわねぇ……ではその提案にわたしの一票も加えてくれるかしら?
だって、ウフフッ、わたしも聞きたいもの」
「わ〜い、ヒラリー、だから大好きなのよ!」
「あら、もうこんな時間、そろそろ出発だわ」
「それじゃあ、みんな、また9月に!」
「みんな、元気でね! よい休暇を!」
こうして、クラスメイト達とそれぞれの夏休みのすてきな思い出を報告し合う約束をした二人は帰省の列車に乗り込みました。
「あ〜あ、これでクラスのみんなとも、しばらく会えないわねぇ」
「あら、パット、もうおセンチなの?」
「そ、そんなことないけど、ただ、誕生日のパーティーをみんなとしたかったなって」
「ウフフ、最初はみんなとあんなにケンカばっかりしてたのに、変われば変わるものね」
「そんな、あたしだけだったみたいな言い方するなんてズルいわ、イザベルだって一緒じゃなかった?」
「それは……双子だもの、いつだって姉妹の味方よ」
「もう、イザベルったら、うまいんだから」
「それにしても、パットはちょっと男の子みたいなところ、直した方がいいかしら?
わたし、そんなパットも大好きなんだけど、でも、わたしたちももうすぐ15歳でしょう?
そろそろ大人のレディを目指さなきゃいけないと思うの
わたしは引っ込み思案なのを直して、パットみたいはハキハキした女の子になりたいわ」
「あたしはイザベルのやさしいとこ、大好きよ。でも、双子って不思議よねぇ、二人が入れ替わってもまわりのみんなには気付かれないくらい、顔かたちはこんなにそっくりなのに、性格はぜんぜん違うんだから……
15歳まであと3日かぁ……さてと、それじゃあ、二人でレディを目指すとしますか」
「ええ、新学期にはみんなに大人になったわたしたちを見せて、驚かせてあげましょう」
「で、レディって、どうすればなれるの?」
「うーん、それは……そうだ、こんなのはどう?」
コンパートメントに楽しげな声が響いて、夏休み中の計画を話し合う二人の会話ははずみました。けれども、二人には一つだけ気になることがありました。今朝、家にかけた電話がなぜか繋がらなかったのです。
その時は単に電話の故障かと思いましたが、列車がパディントン駅に着いた時にも出迎えに来てくれるはずのお母さんの姿がどこにも見えません。
もしかしたら家で何か起こったのでは、と胸騒ぎを覚えた二人は家に急ぎました。
[ 本家屋は差押え物件につき、許可無く立入りを禁ず! ]
ようやく我が家に着いた二人でしたが、入口には立入禁止のステッカーが貼られていて、中に入れません。なんで自分の家がこんな風になっているのか、双子には訳が分かりませんでしたが、本当に何か大変な事が起きたことだけは確かなようです。
次第に募ってくる不安にかられて、二人は鍵のかかっているドアを叩き、両親の名を呼んでみましたが、中からは誰も応えてはくれませんでした。
もうどうしていいのか分からなくなって、二人がドアの前にしゃがみ込んでいると、声を聞きつけたお隣りの小母さんがそこにやってきて、お母さんの居場所を教えてくれました。昨日遅く、お母さんが急に倒れて入院したと聞いて、驚いた二人は病院に駆けつけます。
「お母さん! 大丈夫なの?!」
「ええ、もう大丈夫よ、あなたたちを心配させてしまったわね
それに、迎えに行けなくて、ごめんなさいね」
「ううん、そんなの、いいの……
でも、お家はどうなっちゃったの? それにお父さんは?」
「そう…ね……あななたちも、もう大きいのですもの……本当の事を知っておいてもらった方が良いかもしれないわね……」
お母さんは、お父さんの仕事がうまくいかなくなってしまい、お金を借りた取引相手から訴えられ、家を差押えられた事、でも、お父さんが事業を立て直そうと一生懸命に頑張っているから、きっと元通りになれると二人に話して聞かせました。
「ただ、それにはもう少し時間がかかりそうなの……
それでね、せっかくの夏休みなのに可哀想なのだけれど、それまであなたたちを院長先生にお願いしようと思っています。
お家の事情で休暇中にも寮に残る生徒がいるのを、あなた達も知っているでしょう?
親戚にあずかって貰おうかとも思ったのだけれど……それだと、かえって肩身の狭い思いをさせてしまいそうだから……
あなたたち、学院や院長先生のことは好き?」
「ええ、わたしたち、あそこが大好きよ!」
「院長先生も、とても立派な方だと思います」
「あらあら、あそこに行く時は二人ともあんなに毛嫌いしていたのにねえ
ウフフフフ……
それでは、院長先生宛てにお手紙を用意しますね
今日はもう遅いから、明日それを持って、あなた達だけで学院に行けるかしら?」
「ええ、わたしたちもう一人前ですもの、任せてちょうだい!」
「でも、お母さんもお父さんも、あまり無理しないでね」
その夜は病室に補助ベッドを入れてもらい、お母さんと一晩を過ごしましたが、とうとうお父さんとは会えませんでした。
翌朝、二人はとんぼ返りで学院に戻ることになりました。
いえ、そうなるはずだったのです……
〜 ふたごの秘密の夏休み 1日目 〜
「パット、ねえ、待ってよ、そっちは道が違うわ!」
「そんなこと、分かってるわ!
ねえイザベル、あなたはお父さんやお母さんにみんな任せて、わたしたちだけこのまま何もしないで待っているなんて、それでいいと思う?」
「え? そ、それは…・・・何かお手伝いでれば、とは思うけど…・・・」
「でしょう? それにお母さんははっきりとは言わなかったけど、わたしたちのお家がもしこのまま貧乏になっちゃったら、学校のことだってどうなるか分からないわ」
「あの時、リングメア学園に行かなくて、本当によかったわね、あんなぜいたくなところに行ってたら、学費だって払えなくなっていたもの」
「イザベルったらもう、ホントにのん気なんだから!
あのね、あたしが言いたいのは、それどころじゃなくって、今の学院だって辞めなくっちゃいけなくなるかもしれない、ってことなのよ」
「エエッ! そんなにお家は困っているの?!」
「そういうこともあるって、言われなくても気づかなきゃ、だって、わたしたち、もう子供じゃないんだから」
「そ、そうよね…・・・でも、それなら、わたしたち、どうすればいいの?」
「それでね、あたし考えたの、お父さんの借りたお金のことはわたしたちにはどうしようもできないけど、せめて学費だけでもわたしたちの力でなんとかできないかしら、って」
「そうか! 夏休みの間、働くのね!
……でもわたしたちを雇ってくれるところなんて、あるのかしら?」
「最初から諦めちゃダメ! そんなのやってみなくちゃ分からないんじゃない?
さあ、自信を持って、わたしたちはサイバン家の双子なのよっ!」
「ええ、パット、その通りよね! じゃあ、あなたならどんなお仕事がいい?」
「モデルやファッション・デザイナーなんて、いいと思わない?
それにエアガールとか新聞記者なんかも、カッコよくていいわねえ」
「わたしは学校の先生や保母さんかな? お花屋さんやパティシエもステキよね」
「ウフフフ、なんだかワクワクしてきちゃったわ!
ねえ、イザベル、どっちが早くお仕事を探せるか、競争しない?」
「え? 一緒に行かないの?」
「だって、バラバラで探した方が2倍いろんなところをまわれるじゃない?
良さそうところがあったら、二人一緒に雇ってもらうのもいいと思うの」
「なるほどねぇ……
でも一人だけでお仕事を探しに行くのって、なんだかドキドキしちゃうわ」
「大丈夫、きっとうまくいくに決まってるわ!
それじゃ、お仕事が見つかっても見つからなくても、夕方6時に駅で待ち合わせってことにしましょう?」
「ええ、分かったわ、パット、がんばりましょうね?」
「イザベルもねッ!」
こうして二人はロンドンの街中へ仕事探しに出かけたのですが、女学院中途の何の特技も持っていない少女を雇ってくれるところはなかなか見つかりませんでした。
やがて時間はどんどん過ぎていって、とうとう太陽が西に傾き始める頃になるとパットもイザベルも疲れ切ってしまいましたが、少女たちは足を引きずるようにしながら、それでも気ばかり焦らせて、華やかなショーウインドウが並ぶ表通りから次第しだいにごみごみした裏通りへと迷い込んでいくのでした。
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