〜 レディ・ペリーヌ物語 29 〜
【 ― パンダポアヌ工場 ― 】
マロクールでの初めての一夜が明けて、お嬢様は朝6時の始業に間に合うようロザリーに
連れられてパンダボアヌ工場へ向かわれました。7千人もの人々が働く大工場なだけあって
入口近くは人波でごった返していましたが、それがさあっと二つに割れると一台の軽馬車が
工場の門をくぐりました。
それに乗っていたのは工場主であるパンダボアヌ様その人で、社長であるにも拘らず毎日
工員と同じ時刻に出勤しているのだそうです。そしてそれを揉み手をして出迎えているのが
工場長のタルエルだとロザリーが教えてくれましたが、お嬢様は通り過ぎるお爺様から目が
離せず、思わず馬車を呼び止めてしまいました。
「ビルフラン様! ビルフラン様ぁ!」
「誰じゃ? 儂に声をかけたのは」
「わたしです、わたしは…わたしはオーレリーと申します」
「オーレリー…そうか、お前はオーレリーというのか…
それで、一体、何事かね? 儂に何か言いたい事でもあるのかね?」
「あ、はい…いいえ…」
「どうした? 遠慮することはない、言ってごらん」
「わたしはただおじい…ビルフラン様のお目が見えないとお聞きしたものですから…」
「さあ、先を言っておくれ」
「その…一日も早く目の手術をなさったらと思ったんです」
「目の手術を?」
「わたしは前に目の手術をして、見えるようになった人を知っているんです」
「なるほど…
でも儂はもうこんな年寄りだ、体も弱っておるし、手術はとても無理なんじゃよ
だが、お前はどうやら儂の目の事を本気で心配してくれているようだ」
「はい」
「うん、ありがとう、儂はとてもうれしい
声の調子では、お前はまだ小さいようだが、幾つなんじゃ?」
「13歳です」
「13か…どこの部署で働いている?」
「今日からここで働かせていただこうと思ってるんです」
「ほお…親御さんがここで働いているのか?」
「両親は亡くなりました」
「何、それじゃ兄弟が?」
「いえ、居ません」
「そうか…気の毒にな…
タルエル?」
「はい、ここに、ビルフラン様」
「この子には給料を60サンチームにしてやれ」
「え?…は、はい、かしこまりました」
「あの、わたし、そんなつもりで」
「構わん、儂の事を気遣ってくれたお礼の気持ちじゃ、しっかり働いておくれ」
「はい!」
皆が驚き呆れる中、新参者のお嬢様が工場主であるビルフラン様と言葉を交わすご様子を
ロザリーもはらはらして見ていましたが、ほんの短い間でもお爺様とお話しする事が出来た
お嬢様はとても幸せでした。
そして、ビルフラン様もまた、お嬢様の名乗られたオーレリーという名に懐かしさを覚え、
その心根の優しさに触れて凍える胸が温められた気がしたのでございます。
お爺様の馬車が去った後、騒ぎを聞きつけ事情を確かめに来たのはファブリでした。
青年はロザリーから事の成り行きを聞かされて少し驚いた様子でしたが、お嬢様が初対面で
無いことに気付き、改めて自己紹介してくれました。
やがて始業の汽笛が鳴り、皆がそれぞれの仕事場へ散ると、お嬢様だけがタルエルの許に
残りました。
「お前、織物工場で働いたことはあるのか?」
「いいえ、ありません、でも一生懸命働きます」
「ちぇ、それじゃ、トロッコ押しぐらいしかさせられんな
まったく何ということだ、新入りは45サンチームと決まってるのに、こんな何も出来ない
奴に60サンチームもやらなくちゃならんとはな
そこでちょっと待ってろ」
不満気にそう言ったタルエルが工場の門を閉めていると、身なりはそれなりですが何処か
だらしなさを漂わせた男がさほど急ぐでもなく近付いて来ました。
「おーい、タルエル、待ってくれえ」
「やあ、また遅刻ですよ、テオドールさん」
「そう言うなよ、さ、通してくれ、僕と君の仲じゃないか」
「はいはい、分かりましたよ、テオドールさん」
「すまんなタルエル…
ん? どうしたんだ、この娘」
「ああ、新入りの工員で、テオドールさんが気にするほどの者じゃございませんよ」
「あ、そう…
ぼくは社長の甥のテオドールだ、お前、さぼらずにちゃんと働くんだぞ」
『やれやれ、あなたがそれを言いますか…』
「さあ、テオドールさんもさっさと仕事場へ行ってください
でないと私も仕事が進められないんですよ」
「ああ、分かった分かった、タルエル」
テオドールは別れ際にお嬢様へ見下すような一瞥をくれると、急ぎもせず事務所へ歩いて
行きました。お嬢様は彼がお爺様の甥だと聞き、お父様とは従兄弟同士、ご自分にとっては
従兄弟違いの間柄である事をお知りになられたのでございますが、何故か親近感は湧かず、
上から下へ舐めるような視線を投げかけられると、女の直感と申しましょうか背筋に悪寒が
走るのを禁じ得ませんでした。
「おいお前、何をぐずぐずしている? 私についてくるんだ」
「は、はい、タルエルさん」
お嬢様を事務所の自分の部屋に入れたタルエルは後ろ手でカチャリと閂を下ろしました。
「これでよし、さあ、お前がちゃんとここで働けるかどうか見てやるから、服を脱ぐんだ」
「エッ! なんでそんな事を?!」
「お前が病気持ちでないか見るためだ、もしそうなら、そんな奴は雇えんからな
いいかオーレリー、ビルフラン様が何と仰ろうと人を雇うか雇わないか決めるのは工場長で
あるこの私だ
私の言う事が聞けないのなら、お前など何時だって辞めさせることが出来るんだぞ」
「…はい、タルエルさん…」
恥ずかしさに震える手で一枚、また一枚と着衣を脱いでいかれ、最後に残ったシミーズを
床に置かれたお嬢様は、一糸もまとわぬご自分の胸と下腹を左右の手で覆われました。
「こら、手を退かさんか!
お前のような小娘の体のいったい何処に、恥ずかしがれる程の物があると言うんだ
雇って貰いたいのならさっさと私に全部見せて、悪い所が無いと証明するんだ」
「ううう…タルエルさん、どうぞ、ご覧になって、ください」
「なるほど、まだ陰毛も生えておらんとは…それが恥ずかしかったのか?
よし、そこでぐるっと回ってみろ…
ふんっ、まったく、なんて肉付きの薄い貧弱な体なんだ
では次、両手をうなじに組んで、股を開いてしゃがんでみろ
よーし、そのままじっとしてるんだ…
ふーむ、こんなに股を開いても中身が見えぬとは、どうやらお前はまだ生娘のようだな
さて、では最後に、そこの帽子掛けの柱を掴んで前屈みになるんだ
尻を突き出すようにな…
くくく、尻穴をヒクヒクさせおって…ここも見られて恥ずかしいのだな?
やれやれ、どうやら悪い病気は持ってなかったようだ
だが、こんな腰付きでトロッコ押しが勤まるか心配だぞ
まあ、ビルフラン様のお声掛りだからな、仕方なく雇ってやる
さあ、もういいぞ、お前の仕事場へ連れて行ってやるから、さっさと服を着るんだ」
「は、はい、タルエルさん」
他に誰も居ない部屋に連れ込まれ、服を脱ぐよう命令されたお嬢様は、またしても陵辱を
受けてしまいそうな事の流れに気が気ではありませんでした。
無論好意を持ってもいない殿方に肉体を犯される事自体、女にとって耐え難い事でしたが、
それより気掛りだったのは、すでに初潮を向かえられていたお嬢様の月経周期が順調なら、
この1〜2週間程の間、膣内に射精を受けると妊娠してしまう可能性がある、そんな時期に
差し掛かっていた事でした。
もしも今、私生児を孕んだりしたら、厳格なビルフラン様はそんなふしだらな事をされた
お嬢様を決して孫だとはお認めになって下さらないでしょう。
かと言って、この場を逃げ出したりしたら、工場に雇って貰えずお爺様との僅かな繋がりも
絶たれてしまいます。
そうしたどちらも選びたくない情況の板挟みになって身動きが取れず、言われるがままに
なられていらしたお嬢様は、初対面の殿方にお身体の隅々を覗き込まれてとても恥ずかしい
思いをされたとはいえ、それだけで済んでほっと安堵の息を漏らされたのでございます。
タルエルが意図していたのはまさにそれで、工場を実際に取り仕切っているのは自分だと
自惚れている彼は頭ごなしにお嬢様を優遇するよう命令されたのが面白くなく、そうなった
のもお嬢様がビルフラン様におべっかを使った所為だと小憎らしく思い、恥をかかせようと
したのです。
「いいか、さっき工場長室であった事、誰にも言うんじゃないぞ
さもないとお前は首だからな」
そう釘を刺されオヌーじいさんが現場監督をしている仕事場に置いていかれたお嬢様は、
そこでロザリーの顔を見ると勇気が貰えた気がして、目に滲む涙を振り払われ笑顔を見せて
どんな事があってもへこたれずにお爺様のいらっしゃるここで働いていこうと決意を新たに
されたのでした。
お嬢様がするように言い付かったお仕事は高速で回転する紡績機で糸を撚り巻き取らせた
スピンドル(つむ)をレール上のトロッコに積み、それを自動織機のある建物まで運んでは
戻る至極単純なものでしたが、まだ陽射しの強い炎天下での慣れない作業に体力を奪われた
お嬢様は昼休みが来る頃にはへとへとに疲れてしまわれました。
ロザリーと木陰に陣取られたお嬢様は、彼女が用意してくれていたサンドイッチを一緒に
召し上がり、お身体を休められました。そこでお嬢様がトロッコ押しの仕事が思われていた
以上に大変だともらされると、ロザリーが励ましてくれました。
「あら、あんなのすぐ慣れるわ、あたしも入り立ての頃トロッコ押しをしたけど、要は腰、
腰の使い方なの、ほら、こんな風にね」
そう言ってロザリーは膝立ちになり、トロッコの持ち手を掴むように腕を前に伸ばすと、
腰をクイッ、クイッと振っておどけて見せ、お嬢様を笑わせました。
そんな折、ロザリーが本を片手に近くを通りかかったファブリを見つけ、声をかけます。
「あら、ファブリさんだわ…ファブリさぁん!」
「ん?…やあ!」
「ファブリさん、お昼、済んだの?」
「ああ、やあ、ここは涼しくて良いなあ、それにとても…」
「ファブリさんてね、オーレリー、ちょっとひまがあると、いっつも本を読んでるのよ」
「そう…わたしも本を読むの、嫌いじゃないわ」
「ロザリーは嫌いなんだろう?」
「そうよ、本なんか読んで、何がおもしろいのかしら!」
「君はこの本、知ってるかい?」
「え?…レ・ミゼラブル…ヴィクトル・ユーゴー…知りません」
「そう…これは素晴らしい、とても素晴らしい本だよ、もし読みたかったら後で貸すよ」
「ええ、お願いします」
「ねえ、それ、大人の本でしょ?」
「うん、でも君達ぐらいになれば、たぶん解るよ」
「どんな事が書いてあるんですか?」
「うーん、僕もまだ途中までしか読んでないんだけど、貧しい青年が居てね…」
ファブリはまだ若いながら工場を動かしていくのに無くてはならない機械技師で、社長の
ビルフラン様からも将来を嘱望されている幹部の一人でしたが、タルエルやテオドール達の
ように偉ぶりもせず、お嬢様の質問にも気さくに答えてくれます。
お嬢様はそんな一回り程歳の違う青年がご自分の兄だったらなあと思われました。
ですが、その憧れが兄弟に寄せる思慕を超えたものであることをお嬢様はすぐにお知りに
なられるのでございます。
「ね、ラブシーンもあるんでしょ?」
「こら、話の腰を折るんじゃないよロザリー、これはそういう意味の大人の本じゃないんだ
やっぱり君にこういう本はまだ早いみたいだね、オーレリーが読み終わったら、後でどんな
内容だったか教えて貰うと良い」
「もう、ファブリさんたら、いっつもあたしを子供扱いして!
あたしだってさっき、オーレリーに教えてたんだから」
「へえ? それでオーレリーに何を教えてたんだい」
「それは…そ、そう、腰よ、腰の使い方を教えてたのよ」
「ふーん、腰って、何の事だい?」
「ああら、そんな事聞いちゃだめよ、女の子同士の秘密なんだから、イヒヒヒヒ」
「やだわロザリー、そんな風に言ったらファブリさんが変に思うじゃない
わたしはただ、ロザリーからトロッコ押しのコツを教えて貰ってただけなんです」
「トロッコ押し?
ああ、なるほどね、それで腰使いなのか、ハハハ、ロザリーらしいや」
思春期の少女にはよくあるように、ロザリーが自分に対して普段から言葉の端々に性的な
ニュアンスを忍ばせて年の離れた兄を揶揄する早熟な妹のように接してくるのを知っていた
ファブリは、知り合ったばかりの友達もきっと困らせているのだろうなと苦笑いをしながら
お嬢様を見ました。
するとお嬢様のお顔はみるみる赤く染まっていき、お身体をもじもじさせ始めました。
青年は知りませんでした。お嬢様をそうさせた原因が自分にあることを。
その少し前、木の葉をそっとそよがせていた風の向きが変り、ファブリの方からお嬢様へ
向けて吹くようになって、青年の体臭をお嬢様へ運ぶようになりました。
昨日より間近に彼の体臭を嗅いだお嬢様は、シミーズの下でご自分の乳首が急にムクムクと
勃起し始め、花芯がビククッと締まって潤と濡れてくるのを感じました。
月の回りの排卵期という妊娠可能な時期に入っていらっしゃったお嬢様の肉体は自ら受胎を
促そうとして性的興奮をもたらす匂いにとても敏感に反応するようになっていたのです。
それは、お嬢様に今朝方の夢見をはっきりと思い出させました。
その中でお嬢様は、タルエルの部屋で取らされたように全裸で前屈みの姿勢になり、お尻を
突き出されていると、花園が開かれ、後ろからペニスが挿入されてきました。
グッ、ググッと花芯を貫いてくるペニスの持ち主の顔はお嬢様からは見えませんでしたが、
記憶に刻まれたその体臭から、ご自分の中に入って来ようとしているのがファブリ青年だと
お嬢様には分かりました。
やがて、青年の腰が激しく打ち付けられるようになると、肉と肉のぶつかり合う音が高く
鳴り響き、お嬢様の花芯を深々と貫く隆々と勃起したたくましいペニスで肉襞がゴリゴリと
抉られ子宮が突き潰されます。
そうした獣の交尾のごとき性交をこれまでも幾度となく男達から強制され、早く終わるのを
願って耐え忍ばれてきたお嬢様でしたが、お相手がファブリ青年だと、同じ事をされている
というのにお嬢様は深い悦びを覚え青年の動きに合わせてご自分からも腰を使われ続けて、
夢の中で何度も絶頂を迎えられたのでございます。
『パンッ、パンッ、パンッ、プジュッ、プジュッ、プジュッ、パンッ、パンッ、パンッ』
『アッ、アッ、アンッ、ンッ、ンンッ、ンアッ、アッ、アッ、ハアンッ』
『ああっ、良いよ、とても良い! 君のオマンコは素晴らしいよ!
君の中で僕のペニスが蕩けてしまいそうだ!!』
『パンッ、パンッ、パンッ、プジュッ、プジュッ、プジュッ、パンッ、パンッ、パンッ』
『アッ、アアンッ、そ、ンンッ、恥ずかし、イアッ、こと、言わない、ハアアンッ』
『そんな事言って、君だって自分から、お尻を押し付けて、きてるじゃないか』
『パンッ、パンッ、パンッ、プジュッ、プジュッ、プジュッ、パンッ、パンッ、パンッ』
『クフッ、だッ、だってェッ、止まらッ、止めらッ、ないのォッ、ンッ、ンッ、ンフウッ』
『僕のペニス、そんなに美味しいのかい?
だったらうれしいな、遠慮しないで、お腹一杯食べておくれ』
『パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ…』
『ハッ、ハッ、ハッ、アクッ、ハアンッ、もっとッ、もっとォッ、ファブリ、さぁん…』
そうした淫らな光景が脳裏から離れず、しかもご自分の肉体が今もそれを望んでいるのが
判ってしまい、そんなご自分が恥ずかしくてお嬢様は居た堪れなくなります。
「ああん、ファブリさん、もっとぉ…」
「うん? オーレリー、何がもっとなんだい?」
「え、わたし、いったい何を?…アアッ!
あ、あのッ、ごめんなさい、わたしこれでッ!」
「あ、君?…
急にどうしたんだろう?」
「トイレじゃないかしら? 昼休みももう終わりだし」
「そうだったのかな? あんなに顔を赤くして」
「絶対そうよ、そうに決まってる、あんなに慌てて行くなんて、きっと随分溜めてたんだわ
あたしも行っとかなくちゃ、途中でお漏らししたら大変だもん
あらあ? ファブリさんも顔が赤くなってるじゃない、さてはファブリも、イシシシシ」
「やれやれ、まったく君って子は…
じゃあ僕も、そろそろお暇するよ」
「ええ、さよなら、ファブリさん」
こうしてファブリとの3度目の短い出会いは終わったのですが、ご自分がお心だけで無く
肉体的にも青年にどうしようもなく惹かれていらっしゃる事に気付かれたお嬢様は、そんな
初めて持った感情と欲求に戸惑われました。
そして、お嬢様はお知りになりませんでしたが、その巡り合いによって青年もまたお嬢様に
とても強く心惹かれたのでございます。
木陰に休んでいた二人の少女と合流した時、ファブリは、ロザリーには感じたことの無い
何かとてもかぐわしい匂いに鼻をくすぐられた気がしました。一緒に座るとその良い匂いは
明らかにお嬢様の方から漂って来ていました。
3人で話している間、青年は大人らしくやりとりが片方だけに偏らぬようにしようとして
いましたが、どうしても意識はお嬢様へと向かってしまい、お嬢様の事をもっと知りたいと
思ってしまいます。
そして、本を見せようと体を寄せた時、間近に嗅いだお嬢様の体臭に青年はうっとりとして
しまいました。
排卵期にある女体から発せられる体臭は殿方の性欲を燃え立たせると申しますが、お嬢様の
それは、それまでの性体験の中で得たどのような快楽をも遥かに凌ぐ桃源郷に遊ぶがごとき
悦楽をファブリに予感させました。
ズボンの中がきつくなるのを感じた青年は、年端も行かぬ少女にそのような欲望を抱いて
しまったのが恥ずかしくなり、お嬢様が去られると自分もそそくさとその場を後にしたので
ございます。
とまれこの日、遠い地に生まれて、出会って間も無いお嬢様とファブリとがお互いの中に
惹かれ合う特別な何かを見い出したのは確かでした。
昼休みが終わり、お身体の火照りを冷まして戻られたお嬢様は先程の事を思い出さぬよう
トロッコ押しに精を出されました。
やがて終業の時刻が来て、工場を出られたお嬢様は、ロザリーに工員達に安く貸している
という下宿屋へ案内して貰いました。
その下宿屋は1日20サンチームと宿賃は本当に安かったのですが、16人もの女工達が
詰め込まれている大部屋で不潔な匂いがし、犬嫌いの家主からはバロンを一日中繋いでおく
よう言われてしまいます。
帰って来た女工達からも、社長におべっかを使って給料を上げて貰っただの、犬まで飼って
贅沢だだのと厭味を言われ、お嬢様は彼女達が寝静まるまで離れていようと、バロンを連れ
村の奥にある林の方へ歩いて行かれました。
行き着いたそこには大きな池があって、暮れなずむ夕日の中、その畔に身を横たわらせた
お嬢様はその日の出来事を亡きお母様へご報告されます。そうしていると懐かしいお母様の
お声が聞こえてくる気がしました。
「お母さん、今日お爺様のお顔を見たら、思わず声をかけてしまいました
でも、やっぱり孫のペリーヌだとは名乗れませんでした
だから、他の人はわたしがお爺様におせじを言ったんだと思っているようです…」
『ペリーヌ、今は辛抱するのです、あなたはマロクールに来るまでも、色々苦しい事を乗り
越えてきたではありませんか
これからも苦しい事があるでしょうが、でもそれに耐えるのです
そうすれば何時か幸せに、本当の幸せに…』
「そうよね、お母さん…
それとね…あのねお母さん、わたし今日、ファブリさんていう男の人とお話ししたんです
とても親切な人で、すばらしいご本を貸して下さるんですって
だけどわたし、その本の事よりもファブリさんの事の方が気になってしまうの…
こんな気持ち、初めて…わたし、ファブリさんになら…ううん、ファブリに…
ごめんなさいお母さん、こんな事を考えるなんて、わたし、とってもいけない娘ね
でも、わたし…わた、し……」
『ペリーヌ…ペリーヌ?…今日は疲れたのねペリーヌ、ゆっくりお休みなさい
お母さんがここから見守っていてあげますよ
あなたにも想いを寄せる人が出来たのですね、それは少しも悪い事ではありませんよ
そして、その人の肌の温もりを求めてしまう事も…
それはとても自然な事で、お母さんもそうでした
もしかしたらあなたは、自分がその人に相応しいか、悩むことがあるかもしれません
今のわたくしには、これまでの旅の中であなたの身に降りかかってきた出来事のすべてが
見えるのです…そして、わたくしを心配させまいとして、その深い哀しみを独り胸の奥に
ひた隠してきた事も…ペリーヌ、心優しい子、あなたはわたしの愛しい自慢の娘よ
そんなあなたを誰が責められるでしょう、それもこれも皆カーマのお導きなのです
ですから、きっとあなたは幸せになりますよ
幸せに…幸せに……』
いつしか日はとっぷりと暮れ、工場で働いてすっかり疲れ切っていらっしゃったお嬢様は
眠りに落ちてしまわれました。枝垂れる柳の帳の下、お母様に見守られて眠られるお嬢様の
お顔はとても安らいで見えました。
やがて太陽が昇って明日になれば、誰にも頼らないお嬢様のマロクールでの新たな生活が
始まるのでございます。お嬢様に本当の幸せが訪れるのは一体何時になるのでしょうか?
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