〜 ワランガ族奇譚 後編 〜
【 少女受胎 】
その身を奴隷に堕されたジャッキーは、あれ以来毎日ずっと男たちに性の奉仕をさせられ続けました。けれど、それは何も夜に限った事ではありません。
白昼に腰を隠す一切れの布さえ与えられず、表に引き出された少女は、狩りの無い日は、大人たちによって手持ち無沙汰を紛らせる為の娯楽にその肉体を淫らな玩具として玩ばれ、また狩りの有る日には、まだ若すぎてそれに連れていってもらえなかった若衆たちによって有り余る性欲の捌け口に、或いは目当ての娘に自らのペニスの大きさと強さを誇示する為に犯されて、部落の皆の前で慰み者にされたのです。
無論、夜は夜とて、自分の妻にはけっしてできない人目が憚られるような事も彼女が幽閉されている仕置小屋では全てが許されるとあって、夜毎集まった男たちによって少女奴隷の幼い女体の全てが陵辱されていたのは言うまでもありません。
そんな酷い日々の中でジャッキーにとって一番耐えがたかったのは、太陽の下で犯される彼女の白い下腹部が赤黒いペニスに深々と貫かれる様子を男たちに見物されるだけでも十分恥ずかしいというのに、そこには彼女と歳のそう違わぬ部族の少女たちの目も耳もあった事でした。
いつかは自分のあそこにも初夜の床入りであんなに太いものが入れられるのかと思うと、未知の行為への恐れに顔を背けたくなるのとは裏腹に、怖い物見たさの好奇心を抑えられず喰い入るように見つめる幼い少女たちの視線をジャッキーは痛いほど感じます。
それはまるで、いつか学校で受けた授業の、あの時は黒板に貼った人体図を使って簡単に済ませられた、男性器と女性器の違いや性交についての説明を、今は自分が実験台になって性器の挿入から膣内射精にいたるセックスの一部始終をクラスメイトみんなの見ている前で実演させられているようなもので、実際、少女たちにとってジャッキーは又とない性教育の教具、生きた性人形だったのです。
もし、ジャッキーが少女たちの前でそれこそ人形同然に性交をただ受け入れられるのならまだ救われたのでしょうが、土塊ならぬ生身の身体を玩ばれれば、自ら望まぬとはいえ何の反応も起きないわけがありません。
無垢だった肉体にこれまで刻みつけられた性感帯を刺激されて否応なく濡れてしまう陰部が男に突かれるたびにたてるいやらしい音や、どんなに我慢しても洩れ出てしまうあえぎ声を聞く早熟な少女たちのさも訳知り顔でクスクスと耳打ちし合う声が、言葉は分からなくても自分の事を淫乱な娘と揶揄しているように聞えて、ジャッキーは耐え切れない羞恥心を覚えさせられます。
そんな陵辱の日々は果てしなく続き、ワランガ族に囚われた少女が性の奴隷として初めて女にされたあの夜から早5ヶ月近くが過ぎて、サバンナはまた乾季を迎えていました。
ギラギラと輝く太陽の下、家畜のように首輪につながれ、男たちの肉欲の果てるまで入れ替り立ち替り犯されているジャッキーの姿が今日も部落の広場にありました。
衣服の下に隠されて真っ白だった少女の柔肌も、打続く強烈な陽射しに裸身を晒させられて陽に焼け、もう赤く火ぶくれを起こす事もなくなっています。
しかし、なにより変わったのは少女の体つきでした。
スレンダーだった身体がどことなく丸みを帯び、腹部が太ったというより何か内部から押し出されるようにポッコリと膨らみ、そして、乳房が幼気な肉体には不釣合いなくらい大きく張っています。
そんな肉体の変化とともに、最近になって身体が熱っぽく、吐き気やめまいに見舞われる日も多くなり、ジャッキーは自分が病気になって死んでしまうのではないかと不安な毎日を送っていました。
けれどもその身体の変調が病気のためではないと教えたのは、他ならぬ少女自身の肉体のより大きな変化、妊娠の経過に伴ない発達してきた乳腺が母乳を分泌するようになったことでした。
それはある日の事、いつものごとくジャッキーを犯していた男の一人が、自分の腰の上で喘ぐ幼い少女奴隷が比喩ではなく文字通り乳臭いのに気付き、試しに乳首を摘んでみると、そこから乳がほとばしり出たのです。
男は面白がって牝山羊を搾乳するように彼女の顔めがけて少女の乳を何度もしぼり、滴り落ちるそれがジャッキーの口に入ります。それはこれまで数え切れないほど飲まされてきた男たちの精液の苦さも粘っこさもなくて、水同然の味のうすいものでしたが、その匂いにはたしかに覚えがあるものでした。それが、記憶も定かではない赤ん坊時代に唯一覚えている母の胸の匂いと同じものだということを思い出した少女は、自分の乳房が母乳を出していること、つまり妊娠していることに気付かされます。
【旧名劇お絵描き掲示板No.338 by Tak】
それでも初めの内は自分のお腹に赤ちゃんがいるなんて、ジャッキーには理解できませんでした。自分自身をまだ子供だとしか思えないのに、そんな彼女がお母さんになるなんて、どうして信じられるでしょう。
しかし、彼女のお腹は日一日と大きくなっていくように感じられ、ジャッキーにもそれが事実である事を認めないわけにはいかなくなってきました。彼女がもう少し大人になって、普通に結婚した結果ならば、それは大きな喜びだったのでしょうが、こんな性を略奪される慰み者の境遇の中で父親が誰なのかも分からない子供を身ごもらされるのは、少女に哀しみしかもたらしませんでした。
しかも出産の時の事を考えると、以前に見た臨月の産婦の、服の上からも分かるくらいに膨れあがった、少女の目には巨大に映ったお腹が思い出されて、身体のずっと小さい自分のお腹があんなに大きくなったら、赤ちゃんが産まれる前にきっと裂けてしまうに違いないという恐怖が頭を離れません。
そんな事になるくらいなら、いっそその前に死んでしまいたい、とまで思った少女の深い絶望を救ったのは、皮肉にも彼女の胎に宿る赤ちゃんでした。
まだ弱々しい力でジャッキーのお腹を蹴ってくる赤ん坊の、それでも必死に生きようとする生命力を感じて、彼女にそれを断ち切るようなまねはできませんでした。
傷ついた動物を見れば放っておけず、一生懸命に助けようとする優しさや根気強さは、元々少女が強く持っていた母性だったのでしょう。
ジャッキーはもはや迷わず、この先にどんなつらい運命が待ちうけていようとも、お腹の赤ちゃんだけは守っていこうと決心したのでした。
【 ケイト 】
やがて産み月を迎えたジャッキーは大変な難産の末、一人の女の子を出産しました。
親友だったクラスメイトの名を貰いケイトと名付けたその子は褐色の肌に深いコバルト色の瞳を輝かせてすくすくと成長し、物心がつく頃には、将来どれほど美しい娘になるだろうと部落で噂されるようになっていました。
そしてその頃には、初めての出産の時の負担が幼かった身体には大き過ぎたのでしょう、その後部落の男たちがジャッキーの胎にいくら子種を植え付けても再び妊娠する事は無く、もう孕まないと知れた性奴隷に興味を失った彼らは彼女に小さな小屋を与え、ジャッキーはそこで子供を育てながら畑の世話をしたり、部落の半端仕事などをして暮らしていました。
しかし、それから6年あまり経ったある夜、ジャッキーは彼女の罪がすべて赦されたわけではなかったのをあらためて思い知らされます。
それは、部落の長老たちの寄合に酒盛の下働きとして駆り出されていたジャッキーの仕事もやっと済み、もう家へ帰ろうとしたところを族長の妻に呼止められて、ごみを小屋の裏手のごみ穴へ捨てていくように言いつけられた時の事でした。ごみ捨ても終わって小屋の窓辺を通り過ぎようとしたジャッキーの耳に長老たちの声が届き、その中に娘の名を聞いた彼女は胸騒ぎがして、そっと陰に身を隠しながら彼らの話に聞き耳を立てました。
そして、すでにワランガ族の言葉を覚えていたジャッキーは、彼らの話を聞くほどに身体が震えてくるのを止められませんでした。
自分の小屋に帰ったジャッキーは先に寝床についていたケイトを見て不憫でならず、娘の安らかな眠りを妨げぬよう声を殺して泣きました。
部落中の男たちから受けた陵辱の末に産まれて、守ってくれる父親とてもいないこの子にいったい何の罪があるというのでしょう。
思い起こせば、丸裸で他の子どもたちと一緒に遊んで頃が娘にとって一番幸せだった気がします。けれどもそれは長くは続かず、知恵がつく年頃になってからの子供たちはケイトを奴隷の子と言って蔑み、のけ者にするようになりました。
そのうえ、一人で遊んでいても時々苛められるのしょう、仕事から帰ったジャッキーは娘の頬に涙の跡があるのをたびたび見かけましたが、何があったのかを言えば、自分をただ一人愛してくれている母親を悲しませるだけと知っているケイトはそれをけっして口にしませんでした。
そんな健気な娘を待っていたのは、母親と同じ忌まわしい運命でした。
今夜の寄合は、美しい少女に成長したケイトに目をつけた長老たちが、母親と同様に彼女もそろそろ性奴隷として使おうという話を進めるためのもので、その場で儀式の日取りは次の満月の夜に決まりました。それに、彼らの話ではケイトの肉体がもう十分に成長しているかどうか、彼らによってその隅々まですでに検分されていたのです。
それは数日前、ジャッキーが畑仕事の手伝いをさせられて一日家をあけていた時のこと、ケイトは長老たちの使いに呼ばれて部落の寄合小屋へ行きました。子どもはそこへ入ってはいけないと言われていたケイトが入口の前でためらっていると、ここまで彼女を連れて来た男が後から突き飛ばして有無を言わさず中に押し込め、戸を閉じました
小屋の中は、いつもは開け放たれている窓の落し戸も今日は何故か閉じられていて薄暗く、明るい表から急に暗がりへ入れられたケイトには最初何も見えませんでしたが、木枝を粗く組んだだけの壁の隙間から洩れる光に目が馴れるにつれ、自分が大勢の男たちによって取り囲まれているのに気付きます。女子供にはけっして参加が許されない長老たちの寄合の場の中心に据えられて、これからどうなるのだろうと慄くケイトに向って、族長は服を脱ぐよう命じました。
部落の権力者の命令には逆らえるわけもなく、帯紐を解いて腰布をはだけ、裸身を露わにしたケイトに、族長はさらに床の上に寝て、股を開けと命じます。
しかし、いくら族長の言葉とはいえど、すでに初潮を迎えて子供ではなくなっていた少女にそんなことはできません。ケイトは自分の肌に向けられる男たちの視線がにわかに恐ろしくなって逃げ出そうとしましたが、彼らに囲まれてどこにも逃げ場などなく、取り抑えられて無理やり身体を開かされていきます。
手足を力づくで押え込まれて観念したケイトは床の上でさらにでんぐり返しにさせられ、天を向いた少女の下半身に男たちは灯火を近づけます。
暗闇に馴れた目には眩しく映る光に照らし出された、産毛ばかりで発毛もまだおぼつかない局部を男たちに見られているケイトは固く目をつぶって恥ずかしさを耐え忍んでいました。
しかし、長老たちの目的はケイトの肉体が男との交合に耐え、子を孕めるほどに発育しているかどうかを見極める事です。ケイトの肉体の検分はさらに続き、少女の素肌を探る手はよく締まった小さい尻と下腹部を弄って骨盤の具合を確かめると、幼女のような裂唇を開きました。乾いた空気に触れてそこがひりついたのもつかの間、剥出しにされた内部の花弁が舌で嬲られるのを感じた少女は、押えつけられた手の指を握り締めます。
花弁に唾液でねっとりと露を含ませた男は少女の花園を掻き分けて蜜壺の在処を露にさせ、
その口に指先を衝き立てていきました。
ついに蕾芯を貫かれ、それまでされるがままだったケイトもとうとう堪えきれなくなって目を見開きました。そして、自分の秘所を玩ぶ者の顔を見た彼女はその男が誰だったのかを知って驚きます。なぜならその若い男は部落中がケイトたち母娘を蔑む中でただ一人、子供たちに虐められている彼女を庇って何度も助けてくれた人で、いつしかケイトはこの青年に淡い恋心をいだくようになっていたのです。
そんな人が表情も変えずに何故自分にこんな酷い事をするのかと悲しむケイトは、初めて挿入された指で膣内を探られる痛みの中で、次第に自分の想いが間違いだった事に気付いていきます。
その青年は部落の人々からムガンガ・チャンガ(若い呪術師)と呼ばれる呪術師の息子でしたが、呪術師が本当の名を知られれば魔力が失われると信じられ、その真名は本人と父親しか知らず、実の母親にさえ秘密とされていました。
部族を束ねるのが族長や長老たちならば、呪術師は物事の吉兆を占い、人や家畜の病魔を祓い、部族を栄えさせるのがその務め、そして、子孫を繁栄させるためには、男女の交合のことごとくをわきまえ、それに差し障りあらば呪医術、薬草術をもって取り除き、特に子を孕むべき女体のすべてを熟知する性のスペシャリストでもなければなりません。
家畜と同じく部落の財産である奴隷の状態を確かめる為に、老いてきた父に代わり彼がこの場に居合わせたのは当然の事なのです。
これまで青年が何くれとなく自分を守ってくれていたのは、実は家畜の仔が無事育つよう世話をする家畜番と同じく、あくまで奴隷の子が使えるようになるまで見張っていただけ、それだけの理由だったのをまるで物を見るように自分を視る青年の瞳の中に悟ってしまったケイトは声も無く涙したのでした。
【 逃亡 】
その事があった夜、小屋に帰ったジャッキーはいつになく沈んでいる娘の様子を気にかけながら、その訳を問い質しても却って娘が傷つくような気がして、そのままにしてしまった事を悔やみました。
娘のケイトが自分と同じ性奴隷にされるその日まで半月、そして今夜は新月の闇夜、もし逃げるようとするなら今夜をおいて他にありません。
けれども、連れ去られてきてからずっと部落の外へ出られなかったジャッキーには、ここがどこなのか見当もつきませんでしたし、どこへ向って逃げればいいかも分かりません。
それに、二人が逃亡したのを知った部落の男たちに狩られれば、女子どもの足で逃げ切れるとも思えませんでした。
しかし、このまま何もしなければ、部落中の男たちの慰み者にされるのは言うに及ばず、それが誰かは判らなくてもその中にいるに違いない、実の父親に犯されるという、死よりもむごい定めしか娘には残されていないのを知っているジャッキーは一心に神のご加護を祈るのでした。
それからどれくらい時が過ぎたのでしょう。ジャッキーは自分を呼ぶ声をたしかに聞いた気がしました。
『ママ……ジャッキー……ジャッキーママ……きこえる?』
「誰? 誰なの?」
『わからないの?……ぼくだよ……ほんとうのママがいなくなって、しにそうだったぼくをかわりにそだててくれた、やさしいぼくのジャッキーママ……
ほら、おくびょうだったぼくに、むしのとりかたをおしえてくれたね……それに、なまえもくれた……おもいだしてくれた?』
「まさか・・・あなた、マーフィーなの?
でも、どうしてここに? それになんで言葉がしゃべれるの?」
『どうしてだかはわからない……でも、ずっとママにおれいがいいたかったんだ……
そして、しらないだれかのこえが、ぼくをここによこして、ママをたすけなさいって……
だから、さあ、いこうよ』
「どこへいくの?」
『だいじょうぶ……ぼくにまかせて』
ジャッキーは急いで起した娘の手を引いて着の身着のままで部落を抜け出し、導くように二人の前を跳ぶマーフィーの体を包むおぼろな光を追って、暗闇の中を脇目もふらずに走り出します。
それからどれだけの距離を駆け抜けたのか、いつの間にか娘の方に逆に手を引かれていたジャッキーの体力も尽きかけて、あえぐ息を整えるために二人は休みを取っていました。
折しも空は白々と明け初め、そこに、一陣の風にのってハーモニカの音が彼女の耳に届きます。ジャッキーは初め、それを幻聴かと思いましたが、それは途切れとぎれにメロディを奏でていき、その曲は懐かしい人の顔を思い起こさせました。
けれどもここにあの人がいるなんて、そんな事が本当にあるのでしょうか。
とても信じられない気持の中、それでもジャッキーが辺りを見まわしているとケイトが服をひっぱり、その指差す先に遠目にもワランガ族とは明らかに違う、見覚えのある長身の男のシルエットが浮かび上がります。
そして、暁の最初の光が照らし出したのは、あのテンボの横顔でした。
「テンボ…………テンボなのね…………テンボォ〜〜」
ジャッキーはよろめく足で懸命に彼の許へ走りだします。
こんなサバンナの奥地で不意に自分の名を呼ばれたテンボはハッとして、走り寄る人影に振り向きましたが、初めは彼にも粗末な織物を纏っただけのその若い白人女性が誰なのか、分からない様子でした。けれども近づくにつれて、彼女の顔に探し求めてきた少女の面影を見たテンボは、万感の思いに身体を震わせます。
「ジャッキー……お嬢さん?」
「そう……わたし…よ……テンボ」
「生きて……生きて…いた……お嬢さんが……生きて…………ウ…オオオォォゥゥ……」
「テンボ………テンボッ、テンボォ〜〜」
二人はそれきり何も言えなくなり、長い間、ただお互いを抱しめていました。
「お母さん、この人は?」
「あっ、ごめんなさいね、ケイト、放っておいて
あんまり懐かしい人に会えたから、つい……
この人はね、テンボといって、あなたが産まれる前からの、ママのお友達なの
テンボ、この子はケイト、わたしの娘よ」
「娘? お嬢さんにこんな大きな子が? それに……」
それに、どうして白人のお嬢さんが産んだ子の肌が黒いのですか、と言いかけたテンボは彼女をさらったのがワランガ族だったという事を思い出し、彼らにまつわる恐ろしい逸話の数々が頭をよぎると同時にジャッキーの身に何があったのかを理解します。
それまでずっとやさしい家族と幸せに暮らしていた彼女を襲った過酷な運命はまだほんの少女だったジャッキーにはどんなにつらかった事でしょう。
あの時、自分がもっと気をつけて彼女を守れていたら、もしそれが無理だったとしても、さらわれた後、すぐに彼女を奪い返しに行くことさえできていたなら、そう思うとテンボはいくら悔やんでも悔やみきれず、天を仰いで瞑目しました。
しかし、テンボがそうできなかったのは何も彼のせいではありませんでした。
ジャッキーが忽然と姿を消したあの時、彼女を探そうとしていた矢先に、テンボは密猟者の卑劣な罠にかかって警官隊に捕まってしまったのです。
そして、彼が誘拐して連れまわしていたはずの少女が一緒にいないのを知った警官たちは、ジャッキーがワランガ族にさらわれたというテンボの言葉を信じず、彼女は猛獣に襲われたのだろうと早合点して付近を探しましたが、遺骸はおろか一片の遺品も見つけ出せない内に捜索を打ち切って、テンボをナイロビに護送しようとしました。
彼女はきっと生きていてまだこの近くにいるはずだから、もっとよく探してくれとテンボは訴えましたが、誘拐犯人の指図は受けないと警官たちにしたたかに殴りつけられ、動物用の檻付トラックに押込められた彼にはどんどん遠ざかっていくサバンナに向ってジャッキーの名を叫ぶ事しかできませんでした。
ナイロビでのテンボの取り調べから、警察上層部でもジャッキーは政府もその実態をよく掴んでいない未開部族によって拉致された、という彼の訴えは本当ではないかという意見もありましたが、そうなると捜索が困難を極めるのは必至です。
イギリス人の少女を誘拐した犯人の検挙に時間がかかり過ぎれば、独立したての政府の統治能力を疑われるスキャンダルに発展するのは必定、旧宗主国との国際問題になるのを恐れたケニヤ当局は彼女の生死不明のまま、形だけでも事件の早急な解決を謀って人身御供同然にテンボに罪をなすりつけ、ジャッキーの父やテンボと親しかった人々が彼は犯人ではないと弁護したにもかかわらず、彼を有罪として10年あまり刑務所に服役させたのでした。
その間にもジャッキーの行方は杳として知れませんでしたが、ようやく自由の身となったテンボはカンバ族の仲間のところにも戻らず、彼女が生きていることに一縷の望みを託して一人サバンナをさ迷っていたのです。
しかし、今、それを言って何になるでしょう。そんなことを知れば、ジャッキーにいらぬ悲しみを増やすだけです。それに、彼女の娘の出生についても、起きてしまったことはもう元には戻せないのです。テンボはすべてを胸にたたみ、確かに母の面差しを受け継いでいる少女を見つめます。
「君はケイトというんだね? はじめまして、お嬢さん」
「はじめまして、テンボさん
でも、お母さんとあたし、二人とも『お嬢さん』じゃ、なんだかこんがらがっちゃうから、
あたしのことは、ケイト、と呼んでくれる?
部落のみんなはあたしを『青い目』としか呼んでくれなかったの、だからそうしてくれるとうれしいの」
「そう……そうだね、では、君のことはケイトと呼ばせてもらうね
その代わり、わたしのことはテンボさん、ではなくて、お母さんと同じにただ、テンボ、と呼んでおくれ」
「分かったわ……テンボ?」
「そうだ、いい子だね、ケイト、わたしと仲良くしてくれるかい?」
「ええ、もちろん!」
ワランガ族部落では奴隷の子として蔑まれるか良くても無視されるだけで、母以外からは決して味わえなかった、テンボの愛情のこもった優しさに触れられて喜ぶ娘の様子を見て、ジャッキーは部落を脱出できて本当に良かったと思いました。
それもこれもみんなマーフィーのおかげだと思うと、マーフィーには感謝せずにはいられません。それを思い出して、ジャッキーはマーフィーを探しましたが、つい先ほどまで自分たちと一緒だったはずなのに、その姿はもうどこにも見つかりませんでした。
「マーフィー、どこなの? 出てらっしゃい、マ〜フィ〜〜」
「お嬢さん、いったい、どうしたのです?」
「マーフィーが、マーフィーがいないのッ!
ね、テンボも見たでしょ? わたしたちと一緒にいたマーフィーを
わたしたちは一晩中マーフィーに連れられて、ここに来たのよ」
「マーフィーというのは、昔お嬢さんが面倒をみていた、あのブッシュベイビーですか?
いいえ、わたしはお嬢さんたちしか…………
そうかッ! そうだったのか…………」
「テンボ?」
「お嬢さん、これを」
テンボが指し示した先には、小さな土饅頭があるきりでした。
「これは?」
「お嬢さん、聞いてくださいますか?
昨晩、わたしはここで夜を明かすつもりで焚き火をしてハーモニカを吹いていたのですが、その音に引かれるようにどこからか一匹のブッシュベイビーが現われて、火を恐れることもなくそばにうずくまりました。その内、うとうととしてしまったのか、わたしは浅い眠りの中で誰かが、明日の朝もう一度ハーモニカを吹いてほしいと言うのを聞いた気がしました。
やがて目の覚めたわたしは、夢をみたのかと思いましたが、ふとそばを見ると、さっきのブッシュベイビーがぴくりとも動かずに横たわっていて、すでに息絶えていました。
よく見るとそのブッシュベイビーはだいぶ歳をとっていたようで、おそらくもう寿命だったのでしょう。これが、そのブッシュベイビーの墓です。
わたしは、あれはブッシュベイビーがみせた夢なのかと思い、その願いどおりにしたら、お嬢さんに会えたのですよ。そして、お嬢さんはマーフィーに導かれてここまで来られたと言われた……今にして思えば、あの夢の中の声はマーフィーだったのではないかと……だとすると、この墓に眠っているのは……」
「まさか、この下にマーフィーが?
そんな……そうよ、だってマーフィーはとても元気そうだったわ!」
「お嬢さん、ブッシュベイビーの寿命は、もってせいぜい14、5年しかないのですよ。
そんな短命な種族ですが、しかし彼らは昔からサバンナの大いなる精霊の遣いともいわれ、不思議な力があると聞いたことがあります。
お嬢さんもわたしと同じように、マーフィーの声を聞かれたのではありませんか?」
「え…ええ、たしかに……聞えたわ」
「それにもう一つ……お嬢さんは覚えていないのでしょうが、ここは13年前にお嬢さんがさらわれてしまった、あの場所なのです。
お嬢さんは一晩でここに辿り着いたと言っていましたね。わたしはこの辺りをずいぶん探し回りましたが、一晩はおろか一週間歩いた範囲の中にもワランガ族の部落を発見できませんでした」
「そう……テンボがそういうのなら、間違いはないと思うけど……
でもあの時、わたしは気絶させられて……気がついた時にはもう部落に着いていたわ……
その間、一週間も眠っていたなんて、とても信じられない」
「そうなんです。密林の中なら、部落を隠しもできるのでしょうが、サバンナの真ん中ではそれはできないでしょう
でも……こんなことをいうとお嬢さんには迷信深いと笑われそうですし、わたしもこれまでそんな風には考えたことは一度もなかったのですが、ワランガ族は大昔から少しも変わらぬしきたりに従うがゆえに大いなる精霊に守られていて、それでいくら探しても部落の場所が見つからなかったのではないかと思えてなりません。
そして、その精霊がお嬢さんの運命を憐れんで、助けるためにマーフィーを遣いにやったのではないかと」
「そうね……きっとそうだったんだわ……ありがとう、マーフィー」
その後、家族に無事を知らせたジャッキーは、しかし二度とイギリスへ帰ることはなく、娘や孫たちに囲まれながら失われゆくアフリカの文化を伝える作家としてサバンナで静かに暮らしたそうです。
2006年4月に旧名劇お絵描き掲示板へ投稿されたtak様の作品に寄せて
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