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マサイの小屋にて 後編


マサイの小屋にて 後編

〜 小屋を後に 〜

 赤道直下のケニアではアポロンの戦車は疾く空を駆け上がり、ジャッキーがまどろみから目覚めた時には太陽はすでに高く昇っていましたが、まだ夢現だった少女は何か大事な事を忘れているというかすかな不安を感じながらも、悪い夢にうなされた後のように身体が消耗していて頭も重く、それがどのような事であったのかをなかなか思い出せませんでした。
それでも、もう日も高いというのにいつまでも自分一人が寝たままではいられないと思い、寝台の上から足を下ろして、何気なく立ちかけた少女は、ずり落ちた毛布の下に自分が何も身に着けていないのに気付き、慌てて前を隠しました。

「イヤッ! わたし、なんで裸なの?!」
 それまでの寝起きの、どこかふわふわとしていた身体の感覚がいっぺんに戻るとともに、少女の心臓はどきどきと脈打ち、それに呼応するように、ずきずきとうずく下腹部の痛みが無意識のうちに封印していた記憶を甦らせていきます。
「あれは夢…よね……だって、あんなこと、あるわけ………でも………」

 少女の手のひらが覆った恥丘には、まるで何か糊のようなものを塗られてそれが固まったみたいに、薄い陰毛が張り付いていました。しかも、腫れて熱を持った柔肌の表面は乾いているというのにその内側はじくじくと濡れて、水が溜まっているような違和感を覚えます。
ジャッキーの指がおずおずと割れ目を開くと、中からは明らかに少女のものではない体液が洩れ出てきました。その液体がおもらしをした後のように内ももを垂れ落ちていく感触と、それから立ち上ってくる生臭い臭いは否でも、その身に起こった出来事が決して夢などではなかったことを少女に思い知らせます。

「これ……ノルダム先生が授業で言ってた、男の人の……ザーメン?
まだ出てくる……わたしのお腹……赤ちゃんの種でいっぱい……なんだ……
わたし……わたし……どうしよう……お母さん…………」
 思ってもみなかった形でアトマニから性を強要されたせいで冷静な判断力を失い、さらにテンボとも性交を重ねてしまったジャッキーでしたが、一夜が明け、今、自らの生殖器から溢れ出てくる精液を見て、現実に自分が妊娠するかもしれないのを実感した少女は心細さに震える身体をその両腕で抱きすくめながら、初めてお兄ちゃんを身ごもった時のお母さんもやっぱりこんな風に不安だったのかしら、お母さんに会いたい、今すぐ会ってお話したい、と思わずにはいられませんでした。

 一方、あの後、意識を失ったジャッキーを寝台に横たわらせて小屋を出たテンボは、本来生きる世界の違う彼女を彼らの風習に巻き込んでしまい、自分のために処女を喪った少女を守るどころか助けを求める悲痛な叫びに耳を塞いで、むざむざと幼い肉体が蹂躙されるのを許してしまったことへの自責の念に駆られながら、懊悩とした時を過ごしていました。
 それから数時間後、ジャッキーが目覚めた気配に気付いて小屋に戻ったテンボは、少女のすすり泣く姿を目にします。

「お嬢さん? 具合が悪いのですか?」
「エッ? テ、テンボ?! イヤッ、見ないでッ!!」
「あ……すみません、お嬢さん……その…どこか…痛くされたのかと」
「………ううん、大丈夫…心配しないで……でも…今は………」
「そう…ですね……わたしの所為であんな事になったというのに、わたしと一緒にいると、つらい目に会ったことを思い出してしまいますね……
わたしは外にいますから、お嬢さんはもう少し横になって休んでいてください」
「違う…違うの! 待って、テンボ!」

 そう叫んだジャッキーはテンボの背中にすがりつきます。
彼女が彼を遠ざけようとしたのは、もちろん彼を恨んでいるからではありませんでした。
 何となれば、アトマニとの性交が少女にとってどれほどつらい出来事であったとしても、それは屈強な青年に強制されての事、少なくとも自分の意思ではなかったと言えましたが、テンボとの事は、成り行きとはいえ、彼女の方から性行為を強請ってしまったのです。今の彼の精液に塗れた下腹部はまるでその動かぬ証拠のように思え、そうさせるために彼の上であられもなく腰を振った自分の恥態が脳裏を過るにつけて、そんな事をした彼女をテンボがどう思ったのか、ふしだらな女の子だと軽蔑したのではないかと思うと、ジャッキーは彼の顔をまともに見られなかったのです。

「行かないで、わたしを一人にしないで、テンボ
ごめんなさい、あなたを傷つけるつもりじゃなかったの、許してくれる?」
「そんな、許すだなんて、お嬢さんは何も悪くないのですよ
昨夜の事は全てわたしの所為、わたしこそ、どんなにお詫びしてもお詫びしきれないほどのつらい目にお嬢さんを合わせてしまって、どうしたら償えるかと思うと……」
「テンボ………もう、いいの、自分を責めないで
ここまで連れて来てって頼んだのはわたしなんだもの、わたしもサバンナの慣しを受け入れなきゃいけないんだわ
それに、償いっていうなら……わたし、もう……」
「……そうですか、お嬢さんがそうおっしゃるなら……でも」
「キャッ! テ、テンボ?」
「今日はもう少し休んでいてください」
「もう、テンボったら……わたし、もう子供じゃないのに……
わかったわ、テンボ、でもその間、そばにいてちょうだいね」

 抱き上げたジャッキーを寝台に横たわらせたテンボは、彼女に向かって半ば問わず語りにサフィナとアトマニの事を語っていきます。それはさっきまで小屋の外でここでの出来事を思い返しながら、太陽に打たれていたテンボへ別れを告げに来たアトマニたちから聞いた話でした。

 ………アトマニの母は彼を産んですぐに亡くなり、彼の父は妻の妹を後添いとしましたがその父も死んでしまい、アトマニは義母ともども父の弟に引き取られたのです。
やがて、叔父と義母の間には次々と子が産まれ、サフィナもその一人でした。
 それから数年後、幼いサフィナが部落に迷い込んだ豹に襲われかけ、若衆組に入りたての少年だったアトマニは辛くもそれを撃退しましたが、その時に受けた傷が元で彼はマサイの戦士になれなくなってしまいます。そしてそれは家を継ぐ資格を失うことでもありました。
亡き兄の遺児とはいえ、やはり自分の息子を跡取りにしたいと思うのは仕方のないことなのでしょう、彼が成人を迎えた時、叔父に因果を含められたアトマニはわずかばかりの家畜を分け与えられて、この小屋で暮らすようになったのです。

 そのことで叔父を恨む気はありませんでしたが、やはり拭いきれないアトマニの寂しさをうめてくれたのは、こんな何もない所に一緒について来てくれたサフィナの存在でした。
あの事件以来、命がけで自分を救ってくれた義兄に対する秘めた思慕の念を子供心に抱いていたサフィナは甲斐甲斐しくアトマニの世話をして、やがて二人きりの生活は瞬く間に2年余りが過ぎ、美しく成長した義妹の肢体が日ごとに女らしくなっていくのを間近に見ていたアトマニも心穏やかではありませんでしたが、兄妹として育った二人が結ばれるのは許されざるタブーであり、二人はお互いに求め合う心を胸の内に隠していました。

 しかし、そんな日々にも終わりが来ようとしていました。そろそろサフィナも嫁入りする歳になったのだから家に帰るようにと、叔父からの使いが来たのです。
サフィナが嫁に、他の男の物になる。いつかはそうなると頭では判っていたとはいえ、その事実を目の前に突きつけられたアトマニは、いつの間にか自分が彼女を妹としてではなく、一人の女として愛していた事に気付かされます。
 サフィナを産んだ義母は父の継妻とならなければ元々は叔父と結婚するはずでしたから、もしも父母が生きていたなら彼女とは義理の兄妹とはならず、従兄妹同士として結ばれ得たのです。
しかも、数日を置かず部落に連れ戻される少女を待っているのは、血族による破瓜の儀式と婿選びに名を借りて念仏講よろしく行われる若衆たちとの性の密儀であり、それを止めさせられるのはマサイの勇者と認められた戦士による求婚しかありません。
 しかし、そのどちらをも失った彼にはどうすることもできず、妹を諦めようとしますが、そうすればするほど想いはより募っていきます。このままでは本当に妹を、タブーを犯してしまいそうで、禁忌を冒涜する事への畏れを捨て切れないアトマニは悶々としながら迎えが来る日を待っていました。

 そんな折に来合わせたのがジャッキーたちでした。
テンボを見たアトマニは、サフィナが他の男に抱かれるのをその目で見れば自分でも妄執と感じている妹への想いを断ち切ることができるかもしれないと考えます。
そしてサフィナも、戦士になれない兄を見下していた部落の男たちに肉体を玩ばれるくらいなら、いっそのこと見ず知らずのテンボに処女の蕾を散らしてもらうことを選んだのです。

 けれどもそれは身を焦がされるような耐え難い苦痛を与えて、かえってアトマニに妹への執着の強さを思い知らせました。
愛する妹を他人の手で女にされてしまった悔しさは、それが自ら仕組んだこと故になおさら深く、嫉妬に駆られたアトマニはテンボにも同じ苦しみを味あわせようとして、見るからに彼が大事にしている少女へとその矛先を向けたのです。
 邪まな復讐の虜となったアトマニは、テンボに妹を抱かせる時の差し障りとならないよう眠気を催す薬草を飲み物に盛って眠らせておいたジャッキーを無情にも眠ったままに犯し、突然の性器の挿入による苦痛に正気づいた彼女をわざといたぶっていきます。
或いはアトマニはサフィナと同じ年頃のジャッキーの幼い肉体を荒々しく陵辱することで、決して結ばれてはいけない妹との叶わぬ性愛の代償としていたのかもしれません。

 しかし、妹以外の肉体をいくら犯しても、その禁じられた情欲の炎が鎮まるはずは無く、満たされぬアトマニは、今自分が抱いているのが年端も行かぬ少女だということすら忘れて飢えたように彼女を貪り続けます。
 そんな相手のことを顧みない一方的な性の略奪がどれほど続けられたのか、やがて、彼が我に返った時、ジャッキーは性交のあまりに激しさに耐えかねてすでに気絶していました。
そうまでして幼い肉体をもてあそび本能の趣くままに少女の子宮めがけて射精を繰り返したというのに、全てが終ってしまえば行為の間はあれほどたぎった血もあっという間に冷めて彼の胸には虚しさだけが残ります。
結局サフィナを諦め切れない自分を自覚したアトマニは、ぐったりと横たわるジャッキーを見て、自らの本心を誤魔化すために何の罪もない少女をそこまで責め苛んでしまったことに今更ながら後ろめたさを感じずにはいられませんでした。

 後味の苦さを噛み締めながらサフィナの所に戻ったアトマニは、彼女が眠っているものと思って妹への道ならぬ想いを口にしてしまいました。
 兄もまた自分を妹としてではなく一人の女として愛してくれているのを知ったサフィナは身も心も一つになりたいと、愛する男の印を求めました。
 何の迷いもなく幼い裸身をすがり付かせてくるサフィナに初めはたじろいでいたアトマニでしたが、目の前で蠢く破瓜の跡もまだ生々しい妹の秘部からテンボの精液が洩れ出るのを見せつけられて、彼女を他の男に渡したくないという欲望がむらむらと沸き起こり、部族の因習を破る事への彼のためらいを捨てさせました。

 これまで抑えつけていた分、情欲の炎を燃え上がらせたのでしょう、アトマニは妹を無我夢中になって犯しました。ついさっき女になったばかりの幼い肉体で懸命に彼を受けとめる小さなサフィナには彼の激し過ぎる性交はまだ辛かったはずでしたが、それでも彼女の心は兄と結ばれて、胎内に彼の子種が注がれるたびに喜びに打ち震えます。
 こうして狂おしいほどに契り合い、果てた二人は身を重ね合わせたままこの上ない幸せに包まれたのでした。

 しかし、サフィナを迎えに今日明日にも村から来るはずの叔父の使いが迫っており、義兄義妹の一線を越えて部族のタブーを冒した二人には、その余韻にひたっている時間はあまりありませんでした。
 二人は慌ただしく旅支度を整え、アトマニはテンボにこれまでのいきさつを話して昨夜の事を詫びました。むろんテンボは怒りましたが、必死に兄を庇うサフィナの、処女を奪った少女の願いをどうして拒めましょう。彼にはアトマニを許すしかありませんでした。
ジャッキーにも会って謝りたいというのだけは断ったテンボは二人の逃避行を一人見送ったのでした………

「そう……サフィナとアトマニは愛し合っていたの…………
でも兄妹じゃなくて、従兄妹同士なんだから、どこもおかしくなんかないわよね?
そうか……わたし、二人のキューピッドになったのね……よかった」
「お嬢さんはアトマニを恨んでいないのですか?」
「それは……テンボの話を聞くまではね……
わたしアフリカ生まれなのに、まだアフリカの人たちのこと、よく分かっていなかったのね
あのコトだってテンボのせいじゃないわ、わたしが調子に乗って自分がテンボのオヨメサンだなんで言っちゃったからなんだと思うの、あんなことを言わなきゃ、アトマニだって……
でも、それでサフィナが幸せになれたんだったら、わたし、うれしいの」
「お嬢さん、あなたは…………」
「テンボ?」
「あ、いいえ、なんでもありません
お嬢さん、雨季のせいで洪水が迫っています。明日の朝早くにここを出発しますので、夕方までもう少しお休みなさい」

 翌日、ジャッキーたちはアトマニの残していったカヌーに乗って川を下り、マサイの小屋を後にしたのでした。



・・・それから一年ほど後、流れ者の若い夫婦がマサイランドの外れのとある部落に温かく迎えられ、そこで子を為して住み着いたという噂がその周辺の村々に伝わります。
それがあの二人のことであったのかどうか、ジャッキーには知る由もありませんでしたが、もう会うことは無いであろうサフィナたちの幸せを少女はいつまでも願っていました・・・

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