―――若鹿の園の章―――
【 契約 】
「イザベル……イザベル、ねえ、起きて」
「う…ん………なあに………あ…パット? おはよう」
「おはよう、じゃないわよ、あなた、なかなか起きないんだもの、心配したじゃない」
「ん……わたし、寝てたの?
あれ…ここは?」
「だから、それを聞こうと……」
「ああ…そうだわ、お仕事を探している時に会った、親切なおじさんから紹介してもらったお屋敷……だと思うんだけど……途中で眠ってしまって……
でも、良かった、おじさんに会えたのね?」
「そう、お仕事見つかったのね? でも、おじさんって何のこと?」
「まあ、パット!? その服、どうしたの?」
「エッ! あ、これ? これはそのぉ……
そ、そう、坂道で転んじゃって、その時、何かに引っ掛けちゃったみたい
ほ、ほら、あっちこっち、擦りむいちゃってるでしょ?
あたしって、ほんと、オッチョコチョイよね?」
「もお、パットったらぁ……
女の子なんだから、もっと気をつけないとだめよ」
「いやだぁ、イザベル、お母さんとおんなじ事、言ってるぅ〜、アハハハハハハ………うん、ホントに…そうよね……気をつけないと……」
「ところでイザベル、お仕事って、どんなのなの?」
「あ…うん……あら、そう言えば、どんなお仕事なのか、まだ聞いてないわ」
「あらあら、イザベルったら、相変わらずのんびり屋さんねぇ……
ねえ、あたしも一緒にここで、雇ってもらえるかしら?」
「きっと大丈夫よ、だって、このお部屋からすると、とっても大きなお屋敷よ
もう一人くらい、きっと雇ってもらえると思うの」
二人が目を覚ましたのは、趣のあるアンティークな家具が設えられた、とても立派な一室でした。
先に目覚めたパットは、下町で襲われた不良少年たちから逃げる途中、車に轢かれそうになったところまでは覚えていましたが、その後どうして自分がイザベルと一緒にここに居るのか分かりませんでした。そのへんの事情を聞こうと思ってイザベルを起しましたが、なかなか眠気が抜けない様子の彼女の応えは要領を得ません。
彼女はてっきりあの親切な男、しかしその実はお金に困った少女たちを食い物にしているたちの悪い周旋屋のターナーがパットに約束通り言付けをしてくれて、それで姉妹もここに来たものと思いこんでいたのです。
もっと詳しく話しを聞こうとした矢先、パットのブラウスが破れてしまっているのにようやく気付いたイザベルにその事を問われて、彼女は答えに困りました。
男の子に、人にはとても言えないようなあんな恥ずかしい事をされたなんて、いくら双子の姉妹にも話せる訳ありません。自分が今ここに居る事情をこれ以上聞こうとすれば、いやでもイザベルに本当の事を打ち明けなければならなくなると悟ったパットは、作り話をして誤魔化すしかありませんでした。
それに、あんな事件があった後では、また仕事を探してロンドンの街を歩き回るのはもうこりごりだったパットが、姉妹がそれを信じるのに任せて、この立派なお屋敷で二人一緒に働けたらなあ、と思ったのも仕方のないことです。
「コン、コン」
「はい、どうぞ」
「失礼いたします。こんばんは、お嬢様方。
当館の責任者から、お嬢様方に申し伝えてほしい旨がございました。
今はあいにく手の離せない用事があり、しばらく、お二人にはお待ちいただきたい
とのことでございます。
今、お茶を用意いたしますので、しばらくお寛ぎになっていてくださいませ。
それに、他に何かご用がございましたら、何なりと仰ってください」
「あ、あの、あなたは?」
「はい、ジェーンと申します」
「あたしたち、二人ともここで雇ってもらえるかしら?
それに、お仕事って、どんな事をするの?」
「それは私の口からは申し上げられません。
後ほど、直接、責任者にお聞きになってくださいませ」
「そう……分かったわ
それじゃ、ジェーンさん、お願いしていいかしら?
あの、あたし、服を破ってしまって、その……」
「承知いたしました。では、私どもの方でお預かりして、直させていただきます。
あの、お嬢様方、ついでと言ってはなんですが、まだお時間も多少ございます。
よろしければ、お二人ともシャワーをお使いになってはいかがでしょう?」
「うわー、ウレシイ! あたし、熱いシャワーを浴びてサッパリしたかったの!
ねえ、せっかくだから、イザベルもそうしましょう?」
「え、ええ、そうね」
「では、お嬢様の服も洗濯させていただき、お二人の着替えを用意しておきますわ」
「あ、そんな事までしてもらっては、悪いわ」
「いいえ、ご心配なく。
それに当館の責任者は清潔好きですから、そうなされば、お会いになる時の印象もよろしくなると存じますわ」
「そう、なんですか?」
「はい、お嬢様。
ではご案内いたします。こちらがバスルーム、着替は寝室に用意しておかせていただきますので、ごゆっくりどうぞ」
案内されたバスルームもやはり豪勢な作りで、大人二人が入れるほどの大きな猫脚付きのバスタブには金の繊細な象嵌が施され、イスラム風の青タイルが貼られた壁面には、全身が映せる飾り縁の姿見が嵌め込まれています。もちろん便器もビデもぴかぴかでした。
脱いだ服をラタンのチェストに置いた二人は壁に据付けのものと、ホース付きの、2本のシャワーを仲良く並んで使い、時にはふざけてお互いの身体にシャワーを当て合いながら、勢い良く噴き出す熱い水滴が心地よく肌を打つのを楽しみます。生れたままの姿の二人は、髪が濡れて髪型の違いが無くなると本当にそっくりで、まるで鏡に映しているようでした。
「ンン〜、やっと眠気が取れて、すっきりしたわ
パット、そろそろ、わたし、上がるけど、あなたもそうするでしょ?」
「イザベル、あなたは先に行ってて、あたし、もうちょっと浴びていたいの」
「いいけど、あなたがわたしより長くシャワーを浴びるなんて、珍しいわね?
いいわ、わたし、先に向こうで髪を梳かしてる」
髪の毛の滴をぬぐい、バスタオルを身体に巻いてイザベルが先に寝室に向った後、一人になったパットは姿見の前に立って、そこに映る自分の姿を見つめていました。
目の前の少女は、顔や少年のようにすらりと伸びた手足こそラクロスの練習や水泳の授業で健康そうな淡いハチミツ色に日焼けしていましたが、胸元から脚の付け根にかけて、日ごろ他人の目から隠されて大切に守られてきた部分は雪のように白く、いつからか気付かぬ内に柔らかい丸みを帯び始めていました。
そして、その肌の白さと競うように目を惹くのは、ひかえめな双丘の上に艶めいて見えるサクランボ色の頂き、まだ少しヒリヒリしているそこがいつもより赤らんでいるのは、あの少年に痛くされたせいでしょうか。
……あたしの胸、男の子に触られちゃったんだ……
パットは鏡に手を伸ばし、そこに映る少女の、昼間、形が変わるほど強く掴まれた乳房に触れてみましたが、まだ膨らみかけのそれからは、冷たいガラスの硬さしか感じられませんでした。
やがて、彼女の視線は鏡の上をゆっくりと降りていき、下腹部のところに止まります。
……ここも…男の子に………あれはなに?…………
全寮制の女学院には身近に男性などほとんどいませんから、パットは普段、自分が女の子だなんてあまり意識してはいませんでした。ましてや、彼女から見れば子供としか思えない年下の少年が自分にあんな事をしたがるなんて、想像もできません。
それまで他人に触れられた事などなかった、女の子の大事な部分を乱暴に拡げられ、指で悪戯されたパットはそこがケガでもしていないかと心配になって、下腹部の割れ目をそっと開いてみましたが、下を向いているその部分が立ったままで見えるはずもなく、かと言ってたとえ一人きりとはいえ、鏡の前に座って股を広げるようなはしたない格好をするなんて、パットには恥ずかしくてとてもできませんでした。
仕方なしに彼女が自分の指を恐る恐る、ほんの少しだけ中に入れてみると、その細い指はあまり抵抗も無く入口を通過して、それほどの痛みもありませんでした。
でも、あの少年にはもっと奥まで指を突き込まれたのです。しかも、それは1本だけではありません。いくらケガを確かめるためとはいえ、自ら2本もそこに挿れる勇気はさすがにありませんでしたが、もうちょっと調べようとパットがさらに指を奥まで進めた時です。
突然、下腹部が収縮して指をぎゅっと締め付け、頭ではそれが自分自身のものだと判っているのに、あそこはまるで自らの意思を持つ別の生き物のように、挿入された異物の侵入を拒む動きをみせて、それがパットにぞくりとする戦慄を与えます。
そしてその感覚は少年のモノが押し入ってきて今にも下腹部が引き裂かれそうになった、あの時の情景を否応もなく彼女の脳裏にまざまざと甦らせました。
……男の子のアレが…ここに…あんなの入りっこないのに」……
……ほかの子たちもみんな、目をギラギラさせて……
……アッ!…みんな?…見てた?…そんなッ!!……
あの事は忘れなければいけないと思えば思うほど、あの時の、性の衝動に突き動かされて自分を取り囲んでいた少年たちの姿がますます鮮やかに浮かんできてしまい、少年のモノの挿入を防ぐかのように、それとも彼女の恥ずかしい姿を見詰めていた彼らの視線を遮るかのように、パットは思わず下腹部を覆っていた手にぎゅっと力を込めてしまいました。
そのとたん、挿し入れていた指がさらに奥まで潜ってしまい、それが内をこする刺激に、彼女は身体をビクッと振るわせました。けれども、それは痛みの反応とは少し違うもので、両手におし包まれた彼女のとても熱い部分の内側からつーっと汗が滴るような感じがして、お腹の奥の何かがうずくようなふしぎな感覚にパットは戸惑います。
知らず知らずのうちに初めて自慰めいた行為をしてしまい、なんだか怖くなったパットがこんなのはもう止めようと、下腹部から指を抜くと、それはトロリと糸を引くような液体に濡れそぼっていて、それを見た彼女は、昼間のあのスタジオでいやらしい写真を見せられて下着を汚してしまったのを思い出し、わけも知らず、自分がとてもいけない事をしたような恥ずかしい気持ちになってしまいます。
このままではイザベルに顔を会わせられないと思った彼女は火照った部分を冷まそうと、水の蛇口をいっぱいに開けて、シャワーの冷たい奔流をそこに押し当てるのでした。
その頃、鏡台の前で髪の毛にブラシをかけていたイザベルは、バスタオルを巻いただけで剥き出しになっていた股間を腰かけていた毛皮張りのストゥールの長い毛足にくすぐられ、こそばゆさを感じながら、そこに何かヒリヒリするような違和感を覚えていました。
アノ日も一緒だなんてさすがは双子ちゃんとクラスメイト達にからかわれたものですが、ブルーデイに使ったタンポンを抜いた直後のような、ちょっと前まで何かがそこに挟まっていたみたいな感覚が下腹部にあったのです。でも、それを最期に使ったのはもう一週間以上前でしたから、これはいろいろ環境が変わって緊張しているせいかしらと思ったイザベルはそれ以上その事を深く考えませんでした。
あのターナーのところで眠らされていた間、男たちにそこを入念に調べられたのを彼女が知らなかったのは、むしろ幸せだったと言えるでしょう。
そうこうする内に、パットもようやく寝室にやってきました。
「あら、パット、遅かったじゃない」
「ええ……」
「それより、ねえ、これを見て、すてきなチュニックドレスじゃない?
それに、このショーツ、絹よ! わたし、前からこんなの着けてみたかったの!」
「へ、ヘェー? すごい…じゃない」
「モォー、パットったら、さっきから生返事ばっかりして……
だったら、こうしちゃうんだから…エイッ!」
「キャッ! イザベル、な、なにすんよッ!」
「ふぅんだ! あなたがわたしの言うことをちゃんと聞かないからよ
くやしかったら捕まえて、わたしのも取ってみたら?」
「言ったわねぇッ! よぉし、みてらっしゃいッ!」
二人はあちらに行くと見せかけてはフェイントをかけたり、大きなダブルベッドの支柱を使って急にターンしたりと寝室の中をかけまわり、まるで、他愛もない事で姉妹喧嘩をした小さな子供の頃に戻ったように鬼ごっこを続けます。
パットの様子が先ほどからどこか変だと感じていたイザベルでしたが、その訳を聞いてはいけないような気がした彼女が、姉妹の落ち込んだ気分を変えさせる為に、わざとパットを怒らせて始めた、これは二人だけのゲームだったのです。
そして、パットもまた、この姉妹のやさしい心遣いに気付いて感謝していました。
やがて、その楽しい追いかけっこにも、そろそろ終わりが近づきます。
逃げ回るうちにすっかり解けてしまったバスタオルを片手で押えていたイザベルはベッドを乗り越えようとして足をすべらせてしまい、その隙に追いついたパットが彼女に飛び付いてその手からバスタオルを奪い取り、これで二人とも丸裸、ゲームはジ・エンドです。
「つかまえたッ!」
「あーあ、つかまっちゃった」
「さあ、いけない子には、どんなオシオキがいいかしら?
そうだ、くすぐっちゃう、なんて、いいかもね?」
「あん、ダメ、わたし、あれ、弱いの!」
「ほーら、コチョコチョ、しちゃうぞ〜」
「イヤン、だめだったらぁ……どうしても止めないなら、こうよ」
「アッ! 抱きつくなんて、ズルイ、ルール違反よ!」
「これじゃ、くすぐれないでしょ?」
「モォ、イザベルたらぁ……わかったわ、引き分けね」
「ええ、引き分け……ウフ、ウフフフフ」
「ウフフフフフ」
やがて笑い声も途切れ、パットは相手に抱きすくめられたままベッドの上に倒れ込んで、二人の少女の身体は絡み合うように重なり、素肌を通して伝わってくる姉妹の心臓の鼓動をもっと感じたくてぎゅっと抱きつくパットにイザベルは何も言わず抱擁を返してくれます。
そんな姉妹の柔らかい肌の温もりに包まれると、不良少年たちに乱暴されかけた、昼間のあの嫌な記憶もすーっと和らげられていくようで穏やかな安らぎを覚えたパットは心の中でそっとイザベルに、ありがとう、と言いました。
思えばこれが、二人が過ごした無垢な子供時代の最期のひとときでした。
双子が用意されたお揃いのドレスを着終わった頃、館の責任者に面接する用意ができたとジェーンが二人を呼びに来ました。
「待たせて済まなかったな。わたしの名はビショップ、この館の監督を務めている。
我が館、若鹿の園で働きたいというのは君かね?」
「はい、イザベルと言います」
「それで、そちらの娘は?」
「あの、ビショップさん、あたし、イザベルの姉妹で、パットって言います。
あたしもイザベルと一緒に、ここで雇ってもらえないでしょうか?」
「ウイリアム?
ほぉー、双子の姉妹か……まあ、それはそれで良い趣向になるな。
歳は……明後日で15か……よかろう、なんの問題もない。
出自は?……ふむ、あの学院の……これは買物かもしれんな
それで、役に立ちそうなのか?……いや、おまえが連れてきたのだ、間違いはなかろう」
「あのー、ビショップさん?」
「ん? ああ、これは失敬、紹介が遅れたが、これはウイリアム、これから君たちの面倒をみる者だ。これから先は彼の言うことをよく聞いて、それに従うように。
では、わたしはこれで失礼させていただく」
「おめでとうございます、お嬢様方、当館はお二人を歓迎させていただきます」
「それじゃあ、わたしたち、二人とも?」
「はい、採用ですよ」
「よかったぁ、これで一緒に働けるね?」
「ええ、本当に良かったわ!」
「では、さっそくですが、お嬢様方の給金に関して、
そうですね、お一人25ポンドほどでよろしいですか?」
「ええ! そんなに? わたしたち、夏休み中の二ヶ月しか働けないんですよ?」
「それは存じていますとも、それに、先程の額は一月で、です」
「スゴイ! それだけもらえれば、二人ともまるまる学費が払えちゃうわ!
でも、あたしたちにそんな大金をもらえるような、難しいお仕事なんてできるかしら?」
「そ、そうよね、それに、まだどんなお仕事かも知らないし」
「そんな心配は無用ですよ。
仕事の内容は……
そう、ここに見えられるゲストの皆様は、英国の中枢を担う政治家や政財界の大物、有名な作家やスポーツ選手、そして時には社交界の方々さえいらっしゃいます。そのような方々は日々激務に追われ、心身を疲れさせて、ここにお見えになるのです。
わたしどもは、そんなゲストの皆様をおもてなしして差し上げているのです。」
「わたしたちにもできるかしら?」
「大丈夫、分からないことがあれば、わたしがすべてお教えいたします。
それに、お嬢様方のような方たちなら、そのままでも立派にお勤めできますとも
それとも、初めてのことにチャレンジする勇気が無いとおっしゃるのなら、残念ですが、このお話は無かったことにいたしても、よろしいのですよ?」
「そ、そんなことないわ!」
「それは良かった。
では、契約書をご用意してありますので、よろしければ、それにサインを……なに、これは形ばかりのもの、もう大人のお嬢様方に契約書も無いでは、失礼になりますから」
雇用契約書
一、 わたくし甲は法に則り、自らの自由意思をもって乙と雇用契約を結ぶ事を承諾します
一、 わたくし甲は雇用の期間、職務上正当ないかなる命令も、乙に従う事を承諾します
一、 雇用条件
期間:1933年6月25日から
賃金:就労1月につき25ポンド
公休;1週につき1日
契約者甲
契約者乙
手渡された契約書に書かれていた内容はごく当たり前のものとしか思えず、二人はそれを見て安心もし、それにこんな正式な契約書に自分の手でサインできるなんて、まるで本当に大人になったような気持がして、無邪気に喜んだ少女たちはそれに署名してしまいます。
たしかに法は14歳以上の個人がいかなる労働契約を結ぶことも認めており、この契約はその法に照らしても有効なものでしたが、しかし、その、法に抵触しない、という事自体が曲者でした。
この頃のイギリスはビクトリア時代はすでに過ぎ去ったとは言っても、妻との夜の営みは子を成すためのもので、そこに快楽を求めるのはふしだらな行為であるという道徳的抑圧がいまだ世に蔓延っていて、それにもかかわらず、いえ、それ故と言えましょうか、男たちが家庭の外で妻には要求できない様々な淫楽を叶えようとする、性の二重規範は今もなお英国紳士の中に陰を落していたのです。
まして、この国に限らず、まだ弱年者保護にそれほど熱心でなかった当時、年端も行かぬ娘が私娼として街に立つのは、偽善的道徳観念からも、法の面目を保つためにも、さすがに許されませんでしたが、それがひとたび人の目に隠されるようになりさえすれば、例えば、良い勤め口があるという甘い言葉に騙され、連れて行かれた娼家で客をとらされて、処女を陵辱されたとしても、その娼家が正式に営業許可を受け、また、娘が14歳に達していれば契約は有効とされて法も道徳もそれに異議をとなえることは無く、年季が明けるまで自らの肉体を商品として差し出さねばなりませんでした。
遠き古、稀な旅人を慰めるために妻や娘を貸し与えて歓待し、或いは、神殿の巫女として処女の身を巡礼者に捧げる、その中には王の娘さえもいたという神聖な奉仕として生まれた大らかな性の習俗は時を下るにつれて次第にその無償のもてなしの心を失い、金銭を目的とするものへと堕落していきました。そして、古今洋の東西を問わず、婚姻に拠らない性への需要と、それに応える者は存在し続け、これからも無くなることはないのでしょう。
まさか世の中にそんな事があろうとは思いもよらなかった双子の姉妹が、白紙委任同然の契約をしてしまったこの館、若鹿の園の正体を思い知らされるのに、それほど時間は必要としませんでした。
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